第29話

 季節はもう12月。


 そろそろ初雪が降りそうな肌寒い日曜日。


 僕はひとり、人気のない駅前を歩いていた。




「はぁ…」




 吐く息が白い。


 鼻先を冷たい空気が通り抜け、思わず身震いしそうになる。


 毎年のことだけど、この季節はやっぱり嫌いだ。


 ただただ寒いだけでいいことなんてまるでない。


 雪が積もったら、外に出ることもほとんどなくなることだろう。


 今日はたまたま親に頼まれた用事があって出てきたけど、そうでないなら大人しく部屋にこもって勉強でもしていたと思う。




「こうも寒いと、気分転換にもならないしな…」




 あのデートの日から、ちょうど二週間が過ぎていた。


 あの日以来、美織とは話せていない。




 学校での美織は相変わらず、皆のアイドルのままだった。


 髪を下ろし、メガネもつけず。


 地味さの欠片も見受けられない美少女で、休み時間になるとクラスメイトに囲まれ笑顔を浮かべるの繰り返し。


 デートの別れ際に見せた焦燥感の片鱗すら感じさせてはくれなかった。




「なに女々しいこと考えてるんだが」




 思わず自嘲してしまう。


 別れることを決めたはずなのに、彼女にボクを好きでいてほしいと思っている自分がいるんだ。


 とんだクズってやつだ。本当に、女々しいにも程がある。


 僕って人間は、心底救えないやつであるらしい。




 美織とは本当に大違いだ。女の子は切り替えが早いと聞くけど、美織もそうだったのかもしれない。


 僕は切り替えるどころか、どう別れを切り出すのか、その糸口すら掴めていないというのに。




「我ながらヘタレすぎるなぁ」




 自分から話しかける勇気がなかったのもそうだけど、別れることを心に決めておきながら、平然と会話するだけの胆力がなかったのも大きな一因ではあるだろう。


 腹芸なんて苦手だし、責められるのはもっと苦手だ。


 そもそも怒られること自体が苦痛でしかない。


 この前母親から美織のことで説教された時なんて、心底うんざりしたものだ。


 好き勝手なことばかり口にする周りに出しゃばられたところで、状況が改善されることなんてあるとは思えない。




「こう考えると、幼馴染ってあんまりいいものじゃないんだな」




 距離が近いというのは、いいこともあるけど悪いことも多いと改めて実感する。


 互いの両親は僕らが付き合ってることを知ってるし、小さい頃からの付き合いだから親身にはなってくれるけど、相手を知っているからこそ、余計なお節介を焼かれることも数多い。


 もはや身内のような感覚なんだろうけど、僕らの関係がこれから先、ずっと続くと思っているんだろう。


 綺麗になったわよねとか、あんないい子なのに放っておくなとか、そんな説教はうんざりだ。もう放っておいて欲しかった。


 そんなこと、付き合ってる張本人である僕がわかってないとでも思っているのか。


 変わらない関係を望んでるくせに、こっちが望まない言葉ばかり吐き出してくる大人に、僕は心底苛立っていた。






 ドンッ






「きゃっ!」




「うわっ!」




 そんなことを考えながら歩いていたせいだろうか。


 不意になにかにぶつかったような衝撃が、全身を駆け抜けた。




「っと!」




 咄嗟に足に力を入れて踏み止まるが、次の瞬間ドサリという大きな物音と、バササとなにかが滑り落ちる音が、同時に耳元に届いてくる。




「いったぁ…」




 なんだと音がした足元を見るとそこには、尻餅をついている女の子の姿があった。


 冬場にしては少し薄い格好のその子は、コンクリートの地面に両手をつけ、痛そうに顔をしかめていた。




「だ、大丈夫ですか!?」




 僕は急いで屈む込むと、その子に手を差し延べる。


 さっきまで考えていたことなんて、すっかり頭から消し飛んでいた。




「あ…だ、大丈夫です…お気遣いなく…」




「いいから一度立ってください。地面冷たいですから」




 声をかけたことで、向こうも僕に気付いたのか、一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、何故か首を横に振られてしまった。


 だけどほうっておくことなんてできるはずもない。やや強引に腕を掴んで彼女を引っ張り起き上がらせるが、やけにその身体は軽く感じた。




「す、すみません…ご迷惑をおかけしてしまって…」




 何故か謝られてしまう。それはこっちのセリフなんだけど。




「いえ、謝るのも僕のほうで…よそ見していたものですから。怪我とかはありませんか」




「あ、はい。それは大丈夫です。よそ見はこちらこそ…慣れない場所なもので、つい辺りを見回してしまってて…」




 互いに頭を下げ合う僕ら。よく見ると、結構小柄な子のようだ。


 150センチあるだろうか。僕も大きなほうではないけれど、それでも見下ろすことができるくらいには身長差がある。


 おそらく同年代ではあるのだろうけど、少なくとも美織よりも小さいだろう。


 前髪も長く、目元が隠れるくらいある。肌は寒さのせいかとても白いけど、声が小さくあまり目立つ感じがしない。


 格好も黒のダッフルコートにダークグリーンのマフラーで、派手さに欠けるものだ。


 ぶつかることがなかったら、記憶にも残らなかったんじゃないだろうか。


 失礼な話だけど、全体的に影が薄いというか、地味な印象を受ける女の子だった。




 それでも、何故か僕は彼女から目が離せないでいる。


 その理由は多分。




(なんとなく…)




 前の美織に似ている。


 そう思った。

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