第30話
「あの、私の顔になにかついていますか?」
ぼんやりと見入っていると、不思議そうに聞いてくるその子の声で、我に返った。
「あ、ご、ごめん!傷とかついてないかなって、ちょっと見ちゃって」
我ながら、すごく下手くそな言い訳だ。
だけど、知り合いになんとなく似てたからつい見てしまいましたなんて正直に言えるわけがない。
「そうでしたか。ありがとうございます。ご心配をおかけしてしまって…」
「いや、そんなことは…」
そんなこと言ったら引かれてしまうのがわかってるから誤魔化したわけだけど、何やら好意的に受け止められたようだった。
というかこの子、さっきからやたら腰が低い。謝られてばっかりだ。
「本当にご親切にして頂き、ありがとうございました。もう痛みもないですし、そろそろ新幹線の時間なので申し訳ありませんがそろそろ…」
頭を下げられて、歩き出そうとしたその子だったが、不意にピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
「その、カバンがあったんですが…」
地面に目を落とす彼女に釣られて僕も見るも、そこにはグレーのカバンと、ブックカバーのかけられたいくつかの文庫本が散乱していた。
「…拾うの手伝うよ」
「…すみません」
互いにしゃがみこむと、僕らは散らばった荷物を拾い始める。
コンクリートから伝わる冷気が、指先には少し痛かった。
(本、好きなのかな)
ざっと見た感じ、5冊くらい確認できるが、普通ならまず持ち歩かない分量だ。
中には厚みのあるハードカバーもあるし、それなりに重量だってある。
今ならスマホで電子書籍を購入したほうがスペースを取らないし手軽なのに、実際に本を手元に置いているということは、よほど読書が好きな子なんだと思う。
なんとなく親近感を覚えながら、本を脇に抱えていくと、残るは最後の一冊になっていた。
「あれは僕が取るよ」
言いながら僕は立ち上がった。
しゃがみながら取るには、少し距離があったからだ。
足に痺れを感じるも、それを無視して一歩づつ踏み出していく。
(ほんと、やっちゃったなぁ…)
遠くの方に投げ出されているあたり、横滑りしたんだろう。
カバーにも擦り傷がついてしまってるに違いない。
罪滅ぼしにもならないけど、せめて汚れを払ってあげたいと思ったのだ。
「ごめん、悪かっ…」
やがて本にまでたどり着き、再びかがもうとした時のことだった。
特別意識していたわけじゃない。
本当にたまたま、視界の端に映ったものにふと体の動きが止まってしまったという、それだけのこと。
それはふたりの男女だった。
身長差があったから間違いない。
男のほうが背が高く、女の子のほうはそれなりだ。
ふたりは並んで歩いていて、傍から見たら付き合っているカップルに見えることだろう。
事実、一瞬僕もそう思った。
それだけなら、別に珍しいものでもない。
そこらへんを歩いていたら時折見かけるくらい、当たり前の光景であることだろう。
「え…」
なのに、僕が手を止めてしまった理由。
それは僕にとって当たり前とは言い難い光景が、そこにあったからにほかならない。
「なんで…」
遠目だったけど、すぐにわかった。
だって、ずっと見てきた姿だったから。
女の子は、三つ編みだった。
その子はメガネをかけていた。
服装だって地味なもので、華やかなものでは決してなかった。
実はその子が学園のアイドルだと言われても、気付く人は少ないんじゃないだろうか。
多くの人はきっと、違う姿のほうを望むことだろう。
だけど、僕はそんな彼女が好きだった。
そんな彼女と一緒にいたいと、そう思ってた。
綺麗になんてならなくっても、僕は彼女がいれば、ただそれで良かったんだ。
だけど、今は僕ではない男に、以前と同じ姿をしたその子が、楽しそうに笑いかけていた。
「みお、り…?」
その子は、僕の幼馴染だった。
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