第76話

 月曜日。

 休みが明けて、また学校が始まる日。学校に行かなくてはならない日。

 ただ憂鬱で、苦痛でしかないと思っていた週の始まりを告げる日の朝、僕は早くから目が覚めた。


「……まだ6時か」


 時計の針は、まだ6時を少し過ぎたばかり。いつもの僕なら、まだまどろみの中にいる時間だ。昨日は中々寝付けなかったこともあり、睡眠時間だって短かったと思う。

 それなのに早く起きたということは……今日という日を迎えることを、内心ストレスに感じていたか、もしくは緊張していたということなんだろう。待ち遠しかったということは絶対にない。


「ストレス、か」


 窓の外に目を向けると、青く済んだ空があった。

 陽の光が部屋に差し込んでいて、今日は天気に恵まれた日になりそうであることが分かる。

 そのことを嬉しく思う人も勿論いるんだろうけど、そうでない人もいることを僕は知っている。なにせ、僕自身がそうなのだ。自分を誤魔化せるほど器用な人間でないことは、もう嫌というほど理解しているけど、それでも思わざるを得ない。


「もう少し、強い人間であったら良かったのな……」


 怖い。やっぱり、今の美織と会うのが、向き合うことが怖い。

 だけど、赤西さんと約束したんだ。休みが明けたら、一緒に美織と話をしにいこうって。だから僕は、また美織と合わなくちゃいけない。

 そうだ、二人でなら、きっと――そこまで考えて、僕は目を伏せた。


「最低だな、僕は」


 赤西さんと話していた時は気付かなかったけど、家に帰り、落ち着いた今なら分かる。

 僕は利用しようとしてる。赤西さんのことを、美織と向き合う言い訳に使おうとしている。そんな自分が確かにいるのだ。

 裏表のない善人であったら、きっとこんな考えは浮かんでこないだろう。

 だけど、僕は弱くて卑屈で、そして打算的な人間だ。

 赤西さんのためでもあると考えながら、二人で会えば美織から受けるストレスも軽減できる、矛先が赤西さんに向かうようであれば彼女をかばい、彼女からの印象をよくすることも出来るんじゃないか――そう考えを巡らせている自分がいることがわかってしまう。


 本当に最低だ。なんでこんな最低な考えばかりが浮かんでくるのだろう。

 いや、何故かは分かってる。僕は結局、自分に自信がないのだ。

 自信がないから理由が欲しい。行動するに足る理由。自分に言い訳が出来る理由を探して、理屈をつけてからでないと動けない。そういうことだ。

 じゃあどうすれば自信が持てる?


 ……分からない。その答えを僕は知らない。知っていたら、こんなことにはなってない。僕の中に、答えはきっと存在しない。

 だから。


「ないなら、外に求めるしかないんだ」


 僕の中にないなら、僕以外の人と関わって、見つけるしかない。

 自分に自信が持てるように。少しでも強くなれるように。そうしないと……きっと僕は、成長しない。幸せになんてなれない。

 そう自分に言い聞かせ、僕はベッドから起き上がる。


「これもきっと、言い訳なんだろうな」


 それでもいい。起き上がれないよりは、きっとずっとマシだろうから。


 ◇◇◇


「行ってきます」


 短く告げて、玄関のドアをバタリと閉めた。

 そして少しばかりの深呼吸。朝の一歩は、いつだって重い。

 でも、踏み出さないといけない。時間は立ち止まってくれないんだ。

 だから、僕は歩き出そうとして――



「おはよう、紅夜くん」



 そう告げられた。

 驚き、目を向ける。すると、そこには――


「え……?」


「あはは、おはよ。今日は早いんだねぇ」


 美織がいた。


 黒く綺麗だった長い髪を、明るい茶色に染めた、美坂美織がそこにいた。

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