第75話 裏美織の休日③
「…………」
窓の外。同じような景色がただただ流れて消えていく。
バスに乗っているため、普通の車よりほんの少しだけ視界が高く、ほんの少しだけ多くのものが視界に入る。
人通りが少なく、目に入る情報量も大したことがないのがほとんどだ。
だからさっき見てしまった光景に意識が割かれてしまうのは、ごく自然なことだと私は思う。
さて、少し情報を整理しよう。
私が見たのは二人の男女だ。どちらも髪は染めておらず、年齢も私と同年代だったように思う。
顔は……正直ハッキリとは分からなかった。特に意識して外を見ていたわけでもないし、なんとなく視界に映った男の子の横顔に、思うところがあっただけ。
特に特徴はなかったし、他人の空似の可能性だって十分ある。
そうだ、むしろそう考えるべきだろう。
私は忠告だってした。彼は私の言うことを素直に聞いてくれる人でないことは重々承知しているけど、それでも時間も置かずに動くほど、行動的なタイプでないこともよく知っている。
よって、さっき見た人は彼である確率はとても低いと考えるべきだ。
論理的に、感情ではなく理性で答えを導き出して、これが正しいと納得する。
美織の好きだった推理小説の主人公だって、こんな結論を出すんじゃないかな。
そう、美織だって自分の見間違いだって、自分を納得させてなかったことにさせるはず―――
『次で停車します』
なーんてことを考えているうちに、音声案内が聞こえてきた。
私は立ち上がる準備をする。なんでって?それは私が停車ボタンを押してたからです。終わってからタネ明かしをするのって、いかにも探偵っぽくない?
「悪いけど、私ってそんなに我慢強くないんだよね」
停車までの時間潰し兼頭を冷やすためのクールダウンを同時にこなした知的な美少女美織ちゃんは、こうして停留所に止まったバスから飛び降りて、ひとりカップルのいた桜並木を駆けていくのでした。
◇◇◇
「で、結局もういないと」
分かってた。うん、分かってた。
バスが次の停留所に止まるまで、たっぷり5分以上はかかってたし。
いくら駆け足で来たところで、美織は元々大して運動得意じゃなかったから足だって遅いし。
あとまだ春先だから肌寒いし。いくら桜が綺麗でも、ここにじっと留まる理由は全然ない。
私だっていたくないし、ここから立ち去ることをさっさと決める。
「見事に無駄足踏んだなぁ」
思わずぼやくも、別に後悔はしていない。
悶々と余計な悩みを抱え続けるより、行動したほうがよほどいいからだ。
その大切さを私は痛いほどよく知っている。
「はぁ……ストレス溜まったし、カラオケでも行こっかなぁ」
歩きスマホが良くないことは承知の上で、私は取り出したスマホをプッシュし耳に当てる。
「あ、もしもし?うん、私。うん、私今ちょうど市内にいるんだ。用事あるから映画はちょっと厳しいけど、終わったら合流してカラオケでも行かない?……うん、じゃあ決まりね」
耳障りな木嶋の甲高い声を適当に聞き流しながら、自分の要望をさっさと伝えて電話を切った。
ストレス解消と好感度稼ぎ。それを同時にこなそうというんだから、我ながら実に効率的かつ打算的だ。
でもこれでいい。私はこれで。
それが出来なかったのが美織なんだから、私は美織が出来ないことをするべきだ。
「そう、美織が出来ないことを、ね」
休み明けまでに、このストレスを発散出来ればいいんだけど。
さっきも言ったけど、私は別に我慢強いわけじゃない。
そしてそこまで論理的な方でもない。私の存在自体が、大分オカルト寄りであることも自覚している。
だから私は信じるのだ。自分の直感、所謂女の子の勘ってやつを。
「ほんと、めんどくさいなぁ」
いっそ見なかったら良かったのにね、その方がお互いのだったし。
でも、こうも思う。私と紅夜くんは、やっぱり今もまだどこかで繋がっているのだと。
「馬鹿みたいだよね、私」
いっつも拒絶されてるし、彼は他の女の子と一緒にいるというのに、運命のようなものを感じて喜んでしまう。
ほんとに馬鹿みたいでめんどくさい。だけど、それが私だった。
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