第74話 裏美織の休日②
「うーん、今日は天気がいいなぁ」
大きく伸びをして、私は駅に降り立った。
少し遅い朝ごはんを食べた後、お昼になる前に家を出てきたけど、それはどうやら正解だったみたいだ。
少し肌寒い風が心地よく、寝起きに感じた嫌な気分を流してくれるような気がしてくる。
そういう意味では、春の風は好きだった。
5月になったら少し暑くなってきて、6月になったらジメジメしてくるまであっという間だから、この時期くらいにしか味わえない。
あまり家から出なかった美織には無縁の感覚だったけど、私は外にでるのは好きだから、これからはいろんな風や空気を味わうことになるだろう。
それが楽しみであり、ほんの少しだけ、あの子に申し訳なくもあった。
「休みの日はあんまり家にはいたくないんだよねぇ。お父さんやお母さんって言うの、まだちょっと抵抗あるし」
美織にとっては自分を生んでくれた両親であっても、私にとってはそうじゃない。
私は美織から生まれた存在だから、私にとって親と言えるのは美織ひとり。
まぁ間接的に生み出された原因である木嶋も親といえば親なんだけど、ムカつくからあまりアイツのことは考えたくない。
脳のリソースをわざわざ腹が立つほうに振ることもないだろう。
そういう意味では元凶であるいとこのおばさんも大概なんだけど、あの人はたまにしか会わないから意識の外におけるだけまだいい。
「とはいえ、会いたくもないんだけどね。あったら一発殴りたくなってくるもん」
親戚っていうのは面倒だ。血の繋がりとか役にも立たないのに、血縁だからって構ってくるからタチが悪い。
そのお節介の結果、あんなことになったんだから、ほんとに大きなお世話というやつだろう。
本人はそのことを自分の手柄だと思ってるし、私が垢抜けて明るくなったのも自分のおかげだと鼻息を荒くして親戚中に風潮してるらしいから救えない。
(アンタのおかげじゃないっつーの。そもそも私は別に明るくもないし)
むしろご覧の通りの性格の悪さだ。
それでも本人を前にしたら舌打ちのひとつでもしたくなるから敢えて避けてあげてるのだから、悪いなりに大分優しいほうだと思う。
これでも結構気を遣っているのだ。この身体は、本当はあの子のものだから、手っ取り早く済む方法は色々あるのに、穏便に済むやり方をできる限り選んでる。
木嶋に対する復讐だって、本人をぶん殴って裸に剥いて写真を撮って弱みを握ったり、取り巻きを使ってリンチにしたり、今の段階でもやろうと思えばやれることはそれなりにあるだろう。
勿論失敗するリスクも相応だ。反撃を食らう可能性だって高いし、暴力的な方法で追い込んだ場合、恨みを溜め込まれ、復讐されることだって大いに有り得る。
なにより不確定要素が多いから実行するつもりはない。そもそも、復讐するつもりが復讐されるなんて、あまりにも馬鹿らしい話だ。
動かずに我慢しているのは、それじゃあ私の気が済まないことと、下手に証拠を残したり、周りを掌握しきっていないうちにボロを出すようなことは避けたいからである。
そもそも、そんな短絡的なやり方を取ったところでどこかで絶対破綻するのは目に見えている。よってこういういった手段は即却下。
暴力は効果的ではあるし、気分もスッとするけども、相手と場合を選ばないと諸刃の剣になるものだ。
特に木嶋のやつは執念深いからね。アイツが私を恨んだ場合、私よりずっとえげつない手段にでるに違いない。
そういうやり方について私はまだ詳しくないし、それも知っていかないとね。
敵を知り己を知れば、百戦危うからずともいうし、磐石な備えは必須だろう。
そう、私は勝つ。アイツは美織を育てたつもりでいるけど、育てていたのは美織だけじゃないということを、アイツは知らない。
美織の人生を滅茶苦茶にしやがったのに、そんなこと知ったことじゃないとばかりに、さも世界は自分の思い通りに動かせると思い込んでる女王様を叩き潰して、裸の女王へとひん剥いてやる。
私に勝てないと、歯向かう気持ちも起きないくらい、やつの心をへし折って、ぐっちゃぐちゃにしてやる。
「ふふ…」
そのことを考えると、少し心が楽になった。
どうも私は、若干Sっ気が強いタチであるらしい。
これは美織が散々抑圧されていたことの反動なのかもしれない。
想像だろうと、他者に勝ち、見下せることを考えると、なんだか気分が楽になるのだ。
とはいえ、表に出すことはしない。
愛想良く周りに接して演技して味方を作るのが当面の目標だ。
「目指せ、学園のアイドル!ってね」
いやはや陳腐な言葉だ。
アイドルなんてなったって、いいことなんてなんもない。
一挙一動監視されて注目されて、勝手なイメージ持たれてそれにそぐわない行動とったら一気に株が大暴落。
ハッキリ言って割に合わないポジションだ。ナチュラルにやってるような子がいたら、その子は聖人君子か人格破綻者のどちらかだろう。
私みたいに打算まみれでそこに収まろうとしているほうが、よほど人間的だと言えるんじゃなかろうか。
だってそうじゃん?必要だから愛想を振りまいているだけで、そうでなかったらあんなの無視してひとりでスマホでもいじっていたほうがよっぽど気楽だ。
ストレスを溜め込んでまで人に好かれないだなんて、私には思えない。
私が求めているのは、そもそもたった一人の男の子だけ。
大勢からちやほやなんてされても、嬉しくない。
私はただひとりから愛されたい。
紅夜くんとイチャイチャできれば、私としたらもうそれだけでいいんだ。
私の一番の望みは、彼ともう一度お互いに愛し合うこと。
たったそれだけ。それだけだ。
別に多くを望んでるわけでもない。願いとしては本当にささやかなもの。
神様とやらに聞いたなら、それだけでいいの?と聞き返されそうなほど、あまりにありきたりな願い事。
「たったそれだけでいいんだけどなぁ」
だっていうのに、彼ときたらてんで釣れないのだ。
私から迫れば逃げていくし、待っていたら待っていたで近寄ろうともしてこない。
なら、私から行くしかないのに、それも彼は嫌がる。
もうお手上げ状態だ。どうしろって話である。
時間を置いたら改善するかとも思ったけど、あの人の場合さらに意固地になるみたいだからなぁ。
ほんっと、とことん面倒臭い性格してる。
もっと単純な性格だったら、私も助かるんだけど。
そんなことを考えながら、私はようやくターミナルに来たバスへと乗り込んだ。
田舎のバスなので、来る時間が遅く、無断に考える時間だけは多く取ってしまったが、これでようやく一息つける。
そう思っていると、スマホにピロンと着信音。なんだろうと思って確認してみるのだが、そこには休日に見たくない相手の名前が表示されていて、思わず顔を顰めてしまう。
「げ。木嶋じゃん。わざわざ休みに連絡してこないでよ。うざったいなぁ…」
みると、数人のグループで映画でも観に行かないかとの誘いの連絡が書き込まれている。
それも恋愛映画。ハッキリ言ってノーサンキューもいいとこだが、さてどうするべきか。
憎き排除対象への返答に、さてどうしようかと悩みながら、ふと外に視線を向ける。
桜の花びらがヒラヒラ舞い散る光景がそこには広がっており、私の今の気分とは正反対の、なんとも春らしい爽やかな景色。
過ぎ行くパノラマような桜並木には、ひと組の男女の姿もあり、まるでデート中のカップルがそこに―――
「………あ゛?」
そんな映画のワンシーンのような場面を目撃し、何故か喉の奥から声が出ていた。
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