第19話

 夢。夢。夢。


 夢はいつか覚めるもの。


 シンデレラだって12時の鐘が鳴った瞬間、魔法は解けた。


 魔法使いにかけられた魔法で美しくなった少女は家に変えると、再び地味な自分に戻り、家族にいびられ続ける日々に逆戻り。


 だけど最後は王子様が迎えにきて、シンデレラは幸せを手に入れた。




 ガラスの靴を手がかりに探されたのは確かだけれど、王子様を動かしたのは彼女自身の力にほかならない。


 だって、お話の中で魔法使いは、王子様に魔法をかけてはいないのだから。




 魔法の力はきっかけだったかもしれないけれど、最後に王子様と結ばれることができたのは、シンデレラという女の子がそれだけ魅力に溢れた少女だったからだと私は思う。








 ……じゃあ、もし魅力もない女の子に、たまたま魔法がかけられたとしたら?


 魔法使いにかけられた魔法が解けないまま、王子様に逃げ出された女の子は、一体どうすればいいんだろうか―――










「……ちゃん。美織ちゃん」




 ふと考え事をしていると、急に大きな声で呼びかけられた。


 なんだろうと目を向けると、そこには数名の男女の姿。


 それを見て、『私』はすぐに切り替える。




「ごめんなさい、ちょっと考え事してた」




「そうなんだぁ。邪魔したかな?」




 最初に話しかけてくるのは木嶋さん。


 いつも真っ先にこうしてくるから、『私』もいつも通りの対応をすることにする。




「ううん、大丈夫だよ。どうしたの?」




「また話そうと思って。いいよね?」




 確認こそ取ってくるものの、そこに拒否権なんてない。


 いつだって、彼女の目は笑ってなんていないんだから。


 ここで断ったが最後、きっと彼女は怒りの矛先を私に向けてくることだろう。




「うん、平気。問題ないよ」




「そっか。それじゃあさ―――」




 そうして会話が始まっていく。


 私と木嶋さんの会話に、取り巻きの子やお調子者の男子も加わり始めて、すぐに場が温まり、賑やかさを増していく。




「あはは。そうなんだ!」




 会話に加わりながらも、それをどこか冷めた目で見る私がいた。




 ―――なにをやっているんだろう




 そんな気持ちが、拭えなかった。








 事の始まりはもう一ヶ月前になるだろうか。


 私が参加したクイズ番組。それ自体は恥ずかしくて見れなかったけど、コウくんからの電話で無事放送されたことを知ることはできた。




 それはつまり、イメチェンした私の姿も彼に見られたということ。


 自分から話を振るのは恥ずかしくて、コウくんからの反応を待っていたのだけど…




(や、やっぱり無理…)




 実際に口に出されると、私は耐えることが出来なかった。


 あの『私』をどう思ったのか聞いていしまうと、ここにいる私が誰なのか、わからなくなってしまうような気がしたのだ。




 だからあの時は感想を聞きたくなくて、誤魔化そうとしたのだけど、聞こえてきたキャッチホンの音は、ある意味天の助けだと思った。


 これで一度間を置けるいい口実ができたと楽観しながら電話を切ったわけだけど、


 私はすぐに知ることになる。




「はい、もしもし…」




「あ、よかったぁ。繋がったぁ」




 電話に出て聞こえてきたのは、甘ったるい猫なで声。


 聞き覚えがない声を耳にして訝しむ私をよそに、その声は話を続けてくるようだ。




「私のことわかるかな。木嶋だよ、木嶋佐江。美坂ちゃんと同じクラスのさ」




 木嶋という名前には聞き覚えがあった。


 ううん、女子なら知らないはずがない。クラスのリーダー的な女の子で、あまりいい評判を耳にしない子だった。


 二年生の頃は誰かをいじめて不登校に追いやったこともあるなんて噂も聞いたことがあり、私もなるべく近寄らないようにしていた人。


 そんな木嶋さんが、なんで私に電話なんて――




「今テレビ見てたんだけどさ。これ出てくるの美坂ちゃんじゃない?」




「え…?」




 ゾクリと背筋に冷たいものが走ったのを、この時私は確かに感じた。




「クイズの内容はサッパリだけど、頭良かったんだね。すごいじゃない」




「はぁ、どうも…」




 思わず頷くと、向こうから聞こえてくるのはクスリという笑い声。




「あ、やっぱりそうなんだぁ。当たってて良かったぁ」




 カマをかけられた。


 そう気付いた時にはすでに遅く。


 認める以外の選択肢は、あっさりと削り取られてた。




「…はい。そうですけど、それが…」




「ああ、それでね。美坂ちゃんすごいなぁって。こんな可愛かったんだね。あたし知らなかったよ」




「……はぁ」




 なんだろう。彼女の言いたいことがよくわからない。




「それでさ。明日はこの格好で…ううん、コンタクトだけでいいや。持ってきてよ。後はこっちでやるからさ」




「え、なにを…」




 本当に、なにを言っているのかわからなかった。


 もう一度、電話の向こうで彼女が笑った。




「プロデュースってやつかなぁ。私さ、一度やってみたかったんだよね。自分で誰かを仕立て上げて、いい思いするってやつぅ?」




 その笑い声が、魔法使いではなくまるで悪い魔女の嘲笑のように、私には聞こえた。




「嫌だなんて、言わないよね?」

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