第20話

 それから私を取り巻く環境は一変した。


 これまで話したことのない人達まで話しかけてくるようになった。


 今まで話していた子達とは、どこか距離が空いてしまったように思う。




 木嶋さんが私の近くにいるようになり、休み時間のたびに話しかけてくるものだから、最近は本もあまり読めていない。


 私が話についていけなかったり戸惑いを見せたときはすぐフォローしてくれてはいるけれど、それは私のことを心配してくれてのことではないことはこの一ヶ月の間に理解していた。




 彼女はプロデュースをしたいと言った。


 自分で誰かを仕立て上げて、いい思いするつもりだと。


 それは事実なんだろう。私を持ち上げ、表向きは輪の中心に置いてはいるものの、実際にグループの中心となっているのは彼女だ。




 どこかに遊びに行く話になると、そこは木嶋さんが行きたいところが優先されるし、話のきっかけを作るのも木嶋さん。


 私は話を振られるたびに適当に返事をするだけで、実際はほとんど彼女の操り人形のようなものだった。


 この一ヶ月で上手くなったのは精々、愛想笑いくらいのものだろう。






 私は助けて欲しかった。


『私』の仮面を貼り付けるのに、私は早くも疲れ始めてた。




 綺麗になった『私』を見て欲しかったのはあの人だけで、他の人に褒められたって、嬉しくともなんともない。


 綺麗だとか可愛いとか、うんざりだ。


 貴方たちは地味な私に見向きもしないで、少し容姿を整えた『私』のほうばかり見る。




 まるで『私』のほうが本当の美坂美織のように。




 それは違う。


 私は私だ。私が美織なんだ。


 メガネをかけて、三つ編みで、地味な容姿をしているほうの私が美織だ。


 メガネを外して髪を下ろして、アイドルみたいに愛想笑いを振りまく『私』のほうじゃない。




 そう叫びたかった。


 でも、叫んだところでどうにもならないことはわかってる。


 いや、ここで変な行動を取ろうものなら、きっと最悪の事態が私を襲うことになるだろう。




 間違いなく木嶋さんは、私を切り捨てにかかるはずだから。


 方法なんて簡単だ。




 ―――急に可愛くなったからって、あの子最近調子に乗ってない?




 そんな一言だけで、私の立場なんて一瞬で瓦解する。


 女子のコミュニティなんて、リーダーの意見であっさり風向きが変わるものなんだ。


 そうなってしまえばよくて無視。悪ければいじめにまで発展しかねない。


 残りの中学生活はあと僅かなのに、そんなことは絶対に嫌だった。




 ―――そうだ、あと少し。あと少し乗り切ればそれでいいんだ




 そうすれば、私とコウくんは同じ高校に通うことになる。


 そうしたら、『私』を捨てて、元の私に戻ればいい。


 遅まきの中学デビューから、地味な高校逆デビューをすれば、きっと問題ないだろう。




 そうだ、それでいい。


 それでいいんだ。




 だから、それまで乗り切るための勇気が、私には欲しい。


『私』の仮面を被ったまま乗り切る勇気。


 それが欲しくて、美坂美織は『私』として今日コウくんとデートする。




(コウくんの手、暖かいな…)




 並んで歩くコウくんの手は私より大きかった。


 何度も握り合ってきた彼の手は、握ってるとやっぱり安心する。






 ――ねぇコウくん。私の手、離さないでね?






 心の中で、私はそれだけを願っていた。

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