第21話

 デートって、普通は楽しいものだと思う。


 好きな人とふたりきりで、好きな場所に出かけることができるんだ。


 目的だって、別に決める必要もない。ただ一緒にいて、隣にいるその子と話しているだけでも、心は満たされるものんだから。




 そう、気負うことなんて本来はないはずだ。


 だって、一緒にいると安らげるから、僕は彼女と付き合うことを選んだのだから。






「コウくん、どう?それ、美味しい?」




 ―――だというのに、今の僕はどうだろう。


 落ち着かない。足元だっておぼつかない。頭もなんだかグラグラしている。


 それでもなんとか見せかけの平静だけは装って、彼女の質問に頷いた。




「……うん、美味しいよ。結構イケるね、これ」




「そうなんだ。良かった」




 今僕らがいる場所は、商店街の中にあるとある喫茶店。


 外の寒さもあってか、店内はまだ午前中だというのに、それなりに人が多いようだ。


 僕が注文したのも暖かいウインナーコーヒーで、セットにチーズケーキも頼んでいた。


 自家製らしく、市販のものより味は濃厚な気がしたが、正直そこまで違いがわからなかった。


 これは僕が馬鹿舌であるというわけでもなく、単純に緊張のせいだろう。


 なにも話さずにいると、早打ちしている自分の心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。




「そっちはどう?イケる?」




「うん、甘くていい感じだよ。もう一個注文したいくらい」




「はは、美織は甘いものが好きだもんね」




 デートが始まってからずっとそうだけど、僕はまだ正面に座る美織のことを、まともに見ることができないでいる。


 視線も美織の手元に置かれているアップルパイにほぼ固定状態だ。


 声の感じからして、美織は本当に美味しいと感じているんだろう。


 僕と違って、緊張なんてしていないのかもしれない。




(いや、それが当然なんだよな)




 僕は変わっていない。


 良いか悪いかはわからないけど、少なくとも僕は僕のままここにいる。


 だからこそ戸惑っていると言えるのだけど…こればっかりはどうしようもないことだ。




「…なんなら僕のぶんも食べる?」




「ほんと!?…あ、ごめん。やっぱりやめとく」




 僕の提案に一瞬すごく食いついてきた美織だったが、何故かすぐに撤回した。


 その割に声はなんだが悲しげで、思わず僕は訝しむ。




「どうしたの?別に気にしなくていいけど」




「そうじゃなくて…その、太っちゃうと嫌だし…」




 小さく呟く美織の言葉に、僕は目を丸くする。




「美織もそういうの気にするんだ?」




「そりゃ気にするよ。女の子だもん…」




 ―――その割には、今まで気にした様子を見せたことなんかないじゃないか。


 一瞬喉まででかかった言葉を、僕は咄嗟に飲み込んだ。




 ……まただ。これで何度目だろう。


 この喫茶店にくるまで。もっと言えば、あのベンチで美織を見た瞬間から、僕は何度も何度も、言いたいことを言えずにいる。




 ―――僕の目の前にいる『美織』が、本当に僕の知っている美織なのかわからないからだ




 言うべき言葉。


 言っていい言葉。


 それが全然わからない。




 僕の言葉は、今の美織を傷つけてしまうかもしれない。そうでなくても、笑われてしまうかもしれない。




 距離感が掴めず、あやふやのままだ。


 彼女とのデートというより、見知らぬ美少女と出かけている。


 そんな違和感が、べっとりと背中に張り付いていた。




(まるで拷問みたいだ…)




 これがラノベの主人公だったら、一切気にすることもないんだろう。


 なにが陰キャだ。他人と相席するだけで、これほどの苦痛を伴うっていうのに、笑って話せるとかあいつらは頭がおかしいんじゃないのか。


 そんな八つ当たりをしてしまいたくなるくらい、このデートは僕にとって救われないものになりつつある。




「…ねぇ、一口だけくれない?」




「え?」




「だからコウくんのケーキ。一口だけなら大丈夫かなぁって」




 不意に話しかけられ、思わず正面から美織の顔を見てしまう。




「……っ!」




 果たして、そこにあったのは上目遣いで僕を見る、学園のアイドルである美少女の顔。




 まるで男に媚を売るような、見知らぬ彼女の顔だった。

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