第18話
それから起こったことに関し、結果だけを語るなら、私は失敗したと思う。
ふわふわと、どこか浮ついた気持ちのまま出場したクイズ番組は、気付けば決勝戦まで勝ち残れていたけれど、詳しいことに関してはあまり覚えてはいない。
何故か周りからチラチラと見られているような気はしたけれど、それに関してはあまり気にはならなかった。
私の意識はどちらというと向けられたカメラのほうにあったし、さらに言うならその向こうにいるだろう、未来のコウくんのほうがずっと大事だ。
彼に今の『私』を見られていると思うと、顔から火が出そうだったし、なんとか感情を表に出さないようにするのに必死で、周りを見る余裕なんてまるでなかったのだ。
だから最後に負けた時は、むしろホッとしている自分がいた。
このままインタビューなんて受けたらなんて答えればいいのか分からなかったし。
ただ、私に勝った人も向けられたマイクに対し、俯きがちに小さな声で話すことしかできていなかったから、あまり大差はなかったのかもしれない。
確か、
どの問題も私より早く答えていたし、間違いなく私より頭のいい子だと思う。
紹介の時に東京の中学生だって言ってたけど、やっぱり都会の人は塾通いもしてるんだろうし、頭の良さが違うのかななんて、益体もないことをぼんやりと考えていた覚えがある。
ただ、少し影の薄い子ではあったかな。
こうして記憶に残っているのは決勝戦で対戦したというのもあるけど、服装や雰囲気が、私とどこか似通ったところがあるように思えたからだ。
もしかしたら気付かないうちに、彼女にシンパシーのようなものを覚えたのかもしれない。
短い時間一緒の空間にいただけで、話してすらいないのに、それが自分でも少し不思議だった。
まぁなんにせよ、終わったことではある。
彼女とは二度と会うこともないだろうし、関わることもないだろう。
少し残念な気もするけど、それでいいとも思う自分がいた。
そんなことを考えながらぼんやりと外の景色を眺めていると、あっという間が時間は過ぎて、地元へと帰り着いていた。
ただ、ここからがひどかった。ある意味クイズ番組に出ると決めた時以上の憂鬱な気分が私を襲うことになる。
東京での収録を終え、戻った私を待ち受けていたのは東北の寒空と、叔母さん主催の親戚一同の祝賀会。
優勝したわけでもなかったので恥ずかしいからやめてほしいといったのだけど、まるで聞き入れてもらえず、とあるホテルの1ホールまで借りて強行されることになったのだ。
私は主役ということで、当然ながら参加しないなんて選択肢は最初からなく、まるでドナドナで運ばれる牛のような重い足取りで会場に直行する羽目に。
このゴタゴタでクイズ番組のことはすっかりと頭から抜け落ちてしまい、もう彼女の顔も思い出せなくなっていた。
「はぁ、疲れた…」
お母さんの運転する車を降りて家に着いて早々に、私は大きなため息をついていた。
嫌々ながら参加することになったけど、案の定なにも楽しいことはなかった。
ここぞとばかりに今の姿について色々話を聞かれるわ、叔母さんがこっそり撮ってた写真のことまで含めて褒められてこそばゆいやらでもう散々。
最後にはコウくんのことまで聞かれ始めて、うんざりしながらようやく帰宅した頃にはすっかり深夜になっていた。
「コウくん、もう寝ちゃってるかな…」
部屋の明かりがついていなかったし、多分そうなんだろうけど。
少し話を聞いて欲しかった気持ちは正直にいえば少しある。
だけど愚痴になっちゃいそうだから、これで良かったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、私は着替え始めていく。
髪を軽く梳いた後、コンタクトを外し、服を脱ぎ。
パジャマに着替え終わる頃には、もうすっかり元の私になっていた。
最後にメガネをかければ、ほら、『私』の面影なんてどこにもない。
いつもの地味な『美坂美織』がそこにいた。
「ふぅ…」
やっぱりこっちのほうが落ち着くな。
あっちの『私』は、なんていうか落ち着かない。
自分であるはずなのに、そう思えないというか。
あの姿でいると、まるでもうひとりの、全く別の自分がいるような感覚がずっとつきまっていた。
(多分当分はあっちになることはないだろうからいいんだけどね)
なるとすれば、それはコウくんに求められた時だろう。
当日まで内緒にしておくつもりだけど、彼があの『私』を見てどう思うのか、それが密かな楽しみになりつつある。
(でもやっぱり恥ずかしいかも…あっちが本当の私とか思われたら困るなぁ)
いつもあの姿でいることになったらと思うと疲れそう。
まぁそうなることはないだろう。学校での私はただの地味な中学生。
コウくん以外の誰からも注目されることなく卒業を待つだけの、ただの普通の女の子なのだから。
「おやすみなさい、コウくん」
聞かれることのない挨拶を彼へと向けて、部屋の電気を消すと、私はベッドに潜り込んだ。
今日は疲れたからもう休もう。だけど、できれば
「いい夢を見れると、いい、な…」
ゆっくりと私はまどろみの中に落ちていった
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