第80話

 学校に着いてから、僕はずっと自分の席で俯いていた。


「僕は、なにをやってるんだ……」

 

 外は晴れていて、教室内は話し声で満ちているっていうのに、僕の気分はずっと暗いままだ。

 その原因はなんなのか。そんなのは考えるまでもない。

分かってて、それでもずっと堂々巡りを続けているのだ。

あれで正しかったのかと。いや、そもそも正しいも何もない。


だって僕はとっくに選んでいたんだ。

 僕は美織を否定した。それで終わった関係だった。そのはずだった。

 なのに、美織は何度も僕の前に現れた。だから逃げられないと思って、美織と向かい合う必要があるとも思って。それなのに……。


「なんで、あんな……」


 朝、美織は僕の前に現れた。

家の前で。髪を染め、いつもとまるで違う美織として。


「く、ぅ……」


 ほんの少し前のことのはずなのに、思い出すだけで胸が苦しくなる。

 確かにあの美織は綺麗だった。あの姿で学校に来ていれば、きっと美織はますます人気者になったことだろう。

 このクラスでも、美織が髪を染めてきた話題で持ち切りになっていたはずだ。

 それくらいあの美織は輝いていた。綺麗だった。一目で分かるくらい、住む世界が違っていた。僕なんかとは違う存在だと、心から思った。

そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずだったのに、心が締め付けられそうだった。


 だからだろうか。

美織が突きつけた選択に、僕は首を振ってしまった。


 髪を染めた美織よりも、黒髪のままがいいと言ってしまった。

 選んでしまったのだ。僕は、以前の美織のままがいいと思ってしまったんだ。

 

 一度ならず、何度も美織のことを否定してきたはずなのに。

 あの瞬間だけは、僕の知っている美織のままでいて欲しいと思ってしまった。


(最低だ、僕は……)


 どうせ元々距離は離れているんだ。クラスだって別々だ。

 意図的に美織に会わないよう避けていた。だから学校で出会うことだって滅多にない。

 だから、美織の今の交友関係だってほとんど知らない。

 誰が美織のことを好きになろうが、告白しようがどうでもいい。むしろ人気者になって、人に囲まれることで僕のことを一刻も早く忘れて欲しい。

 そう願っていたのは、他ならぬ僕自身だったはずなのに……。


「なんで、こうなるんだよ……」


 赤西さんと出かけたことで、多少なりとも心は救われたはずだった。

 赤西さんと一緒に、美織と向き合おうとも考えていたんだ。

 僕なりに、先に進もうとしていたんだよ。なのに、なんでだ。なんでこうなる。


 昔の美織の面影を残していたままでいて欲しいなんて、なんで思ってしまったんだよ。

 これじゃ僕はまだ、過去にとらわれたままってことじゃないか。


「あの……」


 大体、なんで美織も僕の足を引っ張ろうとするんだよ。前に進ませてくれよ。

 進みたいんだよ。僕だって成長したい。このままじゃいけないってことは分かってるんだ。

 

「あの、大丈夫ですか」

 

 なのに、なんで忘れさせてくれないんだ。引きずり込もうとするなよ。

 お前のやってることは、僕を苦しめてるだけだって、なんで分からないんだよ。

 僕を好きだって言うなら、そっとしておいてくれよ。僕に都合のいいようにいてくれ。

 なにもしないでくれよ。そうであったら、僕はこんなに苦しむことなんてなかったのに。


「あの、辻村さん?」


「……うるさいなぁっ、さっきからなんなんだよ!? 考え事をしているんだから、邪魔するなって!」


 こっちは真剣に悩んでいるのに、さっきからうるさい。

 僕に構うな、その一心で声を荒げてしまった。

 だけど、それは間違いだった。


「ひっ……!」


「あっ……」

 

 だって、顔を上げた先には怯えた目で僕を見る、赤西さんがいたのだから。





こういう余裕のなさが主人公のいいところだと思ってます

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学園のアイドルになった幼馴染を捨てて、幸せになることが許されるんだろうか くろねこどらごん @dragon1250

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