第49話
「みおりん?みおりんは…」
さっきのことが尾を引いているのか、三原にしては珍しく歯切れが悪い言い方だった。
チラリと僕を見てくるのも、言ってもいいのか迷っているからだろう。
もしくは確認の意味もあるのかもしれない。
「…………」
だけど、僕は答えない。答えられない。
なんていっていいかわからない。
「えっと…」
赤西さんは気になるから聞いただけで、それ以上の意味なんてないんだろう。
そりゃそうだ。だって、僕らは互いのことをなにも知らない。
僕が彼女のことを知りたいと思ったように、赤西さんだって知らないことを知ろうとしている。
ただそれだけの話。そう、誰だってやってる、仲良くなるための通過行事。
子供だってやってる、当たり前のこと。
「みおりんはね、その…」
だから、観念したように話し始めた三原を止めることは僕にはできない。
これからアイツの言うことは、人の心に土足で踏み入る内容じゃない。
だって、それは間違いなく過去にあったことで、
「辻村くんの、元カノの子なの」
なにより、他でもない僕が否定しちゃいけない―――紛れもない事実なんだから。
「……元カノ、ですか」
「そ。中学の頃はいつも一緒だったよ…三年の三学期の頃に、別れちゃったみたいだけどね」
「それは…」
「別のクラスだけど、同じ高校だからそのうち顔を合わせる機会はあるんじゃないかな。すごく可愛い子だよ。私にとっても、自慢の友達なんだ」
そう言うと、三原は前を向き直した。
これ以上話すつもりはないという、三原なりの意思表示なんだろう。
一応気を遣ってくれたらしいが、有難いと素直に思えるほどの心の余裕は僕にない。
(美織のこと、知られちゃったか…)
重い何かが、のしかかってくるのを感じる。
それは、きっと過去と呼ばれるものなんだろう。
(参った、な…)
後ろを歩く僕に、赤西さんの顔は見えない。
だから考えだって読み取れない。
これを聞いて、彼女はどう思っているんだろうか。
「…………」
結局その後、赤西さんは何も言うことはなかった。
駅まで近づいたところで、僕らは会話をすることなく自然と解散することになる。
ただ沈黙が続くだけの道のりで、せめて、あの時泣いていた理由に気付かないで欲しいと、僕は密かに願っていた。
「……高校生になっても、結局これか」
ひとり、トボトボと帰路に着く僕の心は、ひどく落ち込んでいた。
理由は言うまでもないだろう。高校生活初日から、波乱なんてものじゃないスタートだ。
「やっぱり、僕には無理なのかな…」
やり直す。生まれ変わる。
そんな決意もなく、流されるままでいたところに、たまたま同じように流れてきたチャンスを思わず掴んだのが悪かったのか。
なにか変えられるかもしれないなんて、思ってしまったのが駄目だったんだろうか。
「くそ…!」
どこまでも弱い自分が腹ただしくて、足元にあった小石を蹴り上げる。
完全な八つ当たりだとわかっていても、そうでもしないと心が晴れなかったのだ。
コツンという音を立て、綺麗な放物線を描いたそれはやがて落下し、コツコツと跳ねていく。
それを視線で追っていると、やがてなにかにぶつかって、小さな音を立てて、制止した。
「ははっ」
それを見て、少しだけ気分がよくなった。だけどすぐに気付く。
石がぶつかったのは、道にあるものじゃないことに。
「え……」
それは靴だった。
ピカピカに光を反射している、買ったばかりとわかる真新しい黒のローファー。
そんなものが、道に転がっているわけがない。
なにより少し視線をあげれば、黒のニーソックスが目に映る。
そして、スカート――女の子だ。しかもこの柄、見覚えがある。
さっきまで一緒だったふたりと、同じ高校の制服じゃないか―――
「ぁ…………」
誰だ。なんでいるんだ。ここはもう僕の家の鼻先で。
学校でもないのに、ここで立ち止まってる学生なんて、いるはずが―――
「遅かったじゃない、待ちくたびれちゃったよ」
その声を聞いた瞬間、心臓が飛び跳ねる音がした。
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