第48話

「ねぇ辻村くん辻村くん」


赤西さんとの連絡交換が終わると同時に、制服の袖が引っ張られる。

なんだろうと振り向くと、そこには何故か頬を膨らませた三原がいた。


「どうしたの?」


「いや、私の時と対応違いすぎないかなーって。すごい扱いの差を感じるんですけど」


さらにジト目で見てくる始末。

髪型と相まって、どこか子供っぽい仕草だ。

僕はそれを見ても特に思うところはないけど、人によっては、あるいはドキリとしたりするのかもしれない。


「そうかな?別にそんなことはないと思うけど」


「いやいやいや!私の時なんて迷ってたじゃん!明らかに態度違うから!」


そう言って憤慨する三原。確かに本命というか、交換したかったのは赤西さんで間違いないのだけど…即座に否定してくるあたり、どうやらよほど露骨な対応をしてしまったらしい。

意外と細かいことを気にするんだなと思わなくもないけど、下手な誤魔化しは悪手だろう。

これ以上三原が機嫌を損ねる前に、頭を下げることにした。


「えっと、本当にそんなつもりはなかったんだ。でも、そう感じたならごめん、謝るよ」


対人経験。もっと軽い言い方をすれば、コミュ力が足りてない僕がいくら取り繕ったところで、それはヒビの入ったガラスを叩き続けるようなもの。

すぐに砕けてボロが出る。そうなるくらいなら、早いうちに謝ったほうが、まだ修繕も効くというもの。

そんな打算も少なからず混じった謝罪をどう受け取ったのかはわからないけど、三原はやがて僕から視線を外した。

さっきみたいな剣呑な雰囲気ではない、と思う。


「……はぁ、別にいいんだけどね。どうせ私って、辻村くんの好みのタイプじゃないだろうし」


訂正。なんか拗ねてるっぽい。

なんで話がそこに飛ぶ。


「タイプって…」


「だって辻村くんって、大人しい子が好きなんでしょ?あと真面目そうな感じの。私に当てはまんないじゃん」


その言葉に、臓が飛び跳ねる。

自分でもよくわからない部分を、いきなりえぐり出されたような気がした。


「な、何言い出すんだよ!ここで僕の好みなんて関係ないだろ!?」


「ムキになるとか怪しいんだけど。みおりんの次は、憂歌ちゃんのこと狙ってたりするんじゃないの?」


三原の茶化すような物言いに、思わず頭がカッとなる。


「そんなことないって!」


「でも憂歌ちゃんって、前のみおりんと、どっか雰囲気似てるじゃん…って、あれ?そういえば前にどこかで憂歌ちゃんのこと見た気が…」


必死に否定する僕を無視するように、なにかをブツブツ始める三原。

なんだってんだ。こっち向けよ!今すぐ発言を訂正してもらわないと気が済まない!


「みは…」


「落ち着いてください、辻村さん」


猛る気持ちのまま、三原に詰め寄ろうとした僕に、制止の声が差し掛かる。

同時に肩に手を置かれ、その感触が怒りに滾った頭をまるでダムのように強引に押しとどめた。


「だけど…」


「喧嘩は駄目です。そういうのは、良くないことですよ」


とはいえ、止められただけだ。感情の矛先は向いたまま。

だから納得がいかず、つい赤西さんを振り返るのだけど、彼女はあくまで冷静だった。


「ああいうことを言われたら、気分が良くないのはわかります。しかも相手が私ですしね…」


そう静かに諭してくる。

その声に自嘲が混じっているのが感じられ、思わず否定したくなったのだが、それは三原の言っていることを認めてしまうようなものだ。

なにも言えず、僕は唇を噛み締めることしかできなくなる。


「あっ…」


そんな僕らのやり取りを、いつの間にか見ていたらしい三原は、なんだかバツの悪そうな顔を浮かべていた。

いけないことを言ってしまったという、罪悪感のようなものを感じられる。

そんな顔をするなら、最初言うなよと言ってやりたかったが、その前に赤西さんが口を開く。


「三原さんも、私を引き合いに出されると困ります。まだ会ったばかりですし、どう反応すればいいかわからないので…」


「…うん、ごめんね憂歌ちゃん」


赤西さんに怒られた三原は、明らかにしょんぼりしているようだった。


「辻村くんもごめんね。私、つい考えなしに言っちゃう癖あってさ…」


「…いや、別に…」


僕も謝られるけど、この状態で謝られても困る。

こっちも怒りがどこかに吹き飛んで、感情が宙ぶらりんなんだ。

あるのは気まずさだけで、なんと言えばいいのかもわからない。

ただ重苦しい雰囲気だけが、僕たちの間に漂い始めた。


「……帰ろっか」


だから、こうなるのは自明の理というか。

沈黙に耐えかねた三原がそう呟くと、一歩足を前に踏み出す。

それに釣られるよう、僕と赤西さんもゆっくりと足を動かし、歩くことを再開する。

三原、赤西さん、そして僕と、まるで順番のように間隔を空けて。

並んで歩く雰囲気じゃなかった。当然遊びに行くなんて選択肢はもはやない。

さっきまでのどこか和やかだった空気は一転、春先の冷たい風が吹き抜けるただの集団下校に様変わりだ。


(……こんなのばかりだな、僕)


間が悪い。上手くいかない。どこかで歯車が必ず狂う。

救えないことにその原因、きっかけを作るのはいつも自分だ。

僕がちゃんとしていれば、三原に突っかかれることもなかったし、あの和やかな雰囲気が今もあったに違いない。


(……士道なら、もっと上手くやれてたんだろうな)


あの完璧イケメンなら、スマートに場を収めていたんだろう。

いや、そもそも僕みたいな失敗をすることもないか。

だから美織にも名前を呼ばれるくらい信頼されていたわけで…


(くそ…!)


また頭に浮かんでしまった。

いつだって消えやしない。あの子のことを、僕はずっと引きずっている。


「…あの、三原さん。少しいいですか」


思考がそれかけていた時、前から聞こえる声にふと顔を上げると、同じく反応した三原が少し後ろを振り向いたところだった。


「…なに?」


「その、先ほどから少し気になっていたのですが…みおりん、とは。いったいどなたのことなんでしょうか」


その名前を聞いた瞬間、僕はヒュウっと息を吸い込んだ。




※※※※※


過去からは逃げられない

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