第47話

「せっかくだし、辻村くんも交換しない?」


 ぼんやりとふたりのやり取りを眺めていると、いきなりそんな話を振られる。


「僕も?」


「そそ。いい機会だと思ってさ。可愛い女子ふたりと連絡先交換できるなんて、滅多にないチャンスじゃん?」


 可愛いって自分で言うかな…まぁ否定はしないけどさ。

 それくらいの空気は読める。


「はぁ…でも僕、あまりそういうのは使わないんだけど」


「連絡するかどうかはともかく、登録しといて損はないんじゃない?どうせそのうちクラスで連絡網とかできるだろうし。そのときは私から教えてあげるからさ。辻村くんも、ひとりだけハブられるとか嫌でしょ?」


「それは…」


 正直言えば、そこまで気にはしないと思う。

 春休みの間に、高校でもひとりで過ごすことになる覚悟は決めていた。

 新しい人間関係を構築できるなんて思わなかったし、そんな資格もないと思っていたから。


 ―――許さない


 あの言葉が、今も頭から離れない。

 大切だったはずなのに、傷つけてしまった幼馴染のことを、僕は忘れることができないでいる。


「僕は…」


 だから、断ろうと思った。

 許されないなら、ひとりでいい。ひとりがいい。

 中学の延長だと思えば、耐えられる。

 影で馬鹿にされる可能性もあるけど、目を閉じて、耳を塞いでいれば、そういった雑音は届かないはずだから。


 誰かといて、その人を傷つけることになるより、ひとりでいたほうがずっとマシだから。




 だけど――僕は見てしまった。


「…………」


 三原の向こうで、その子は僕をじっと見ていることに。

 胸元でスマホを握り締めながら。

 心細げに。不安そうに。

 ただでさえ小さな体が、ひどく儚く見えた。


「ぁ………」


 赤西憂歌。

 変わりたくなかった僕に、一度だけ変わるきっかけをくれた人。

 彼女に、僕はまた逢ってしまった。


 それがどんな意味があるのかはわからない。

 意味なんて、そもそもないのかもしれない。

 神様なんて、僕はもう信じていないから、これは運命とか、特別な出会いなんてものじゃないのかもしれないとも思う。


(それでも…)


 この人に、僕はとても大切なものを貰えた。

 それが例え好きだった人との決別を決意する、間違った勇気だったとしても―あの時の僕には、確かに必要なものだったんだ。


 だから、運命じゃなかろうと構わない。

 少なくとも僕にとって、彼女との出会いは、間違いなんかじゃない。

 それだけは確かだ。この恩を少しでも返すことができたならと、密かに思ってたんだ。


 いつか、また。

 いつか―――


 だけど、ここで拒絶したら、その『いつか』はもしかしたら、これから先永久になくなってしまうんじゃないだろうか。


 僕は、辻村紅夜は。

 なにも知らないのに優しくしてくれた人から貰った善意を、なかったことにするつもりか?

 貰った恩すら『いつか返せる』と先延ばしして、『今』なにも変えようとしない人間でいるつもりなのか―――?



(それは―――駄目だ)


 それだけは人として、やっちゃいけないことなんだ。





「……いいよ、交換しようか」


 気付けば僕は頷いていた。

 体が勝手に動いたというと、少し大げさかもしれないけど、そうとしかいいようがない。


「え、ほんと?」


「うん。三原の言うことももっともだし。進学早々ハブられるのは僕だって嫌だしね」


 三原は驚いているようだった。

 断られるとでも思っていたんだろうか。

 これまでの僕ならそうするだろうから、そう考えるのは正しいのだけど。


「へぇ…」


「なんだよ、その反応。交換しようって言ってきたのそっちだろ?」


 ポケットからスマホを取り出していると、三原はなにやら感心したように僕を見てくる。


「いや、辻村くんさ。もしかしてちょっと大人になった?」


「へ?」


 やぶから棒になに言ってんだ、コイツ。

 なんか悪いものでも食べたのか。


「てっきり断られると思ってたから。人付き合い嫌いみたいだったし。ちょい見直したかな」


「なんだよそりゃ」


 三原の僕の評価って、そんなに低かったのかよ…いや、なにも言うまい。

 これに関してはお互い様だ。陽キャと陰キャは相容れないものなのだとつくづくわかる。


「じゃ、早速交換ね。よかったね、辻村くん。私と高校で交換できた男子第一号になれたよ♪」


 にこやかにスマホを差し向けてくるのはいいけど、ごめん。別に嬉しくない。

 大した意味なさすぎだし。


「それは嬉しいな。ありがとう」


「うわ。全然心こもってないの丸分かり。愛想よくしないとモテないよー…って、これは君には当てはまんないか。んじゃお次は憂歌ちゃんね。ほら、私は終わったからこっちおいでよー」


 うわ、早速名前呼びして手招きまでしてる。

 こういうのは僕にはできない。この陽キャ特有の馴れ馴れしさはあまり好きになれないが、赤西さんを呼んでくれたことには感謝しよう。


「あっ、はい…ええと、いいんでしょうか、辻村さん。私も交換しても…」


 トコトコと小さな足取りでこっちにきた赤西さんが、上目遣いで聞いてくる。


「うん、むしろ僕のほうからお願いしたいんだ」


 この人のことを、僕は何も知らない。

 わかるのは本が好きな人ということくらいで、あとは人と関わるのが苦手そうなだと察しがついているくらいか。


 だからなんとなく、僕と似ているところがあると思った。あの子とも。


(でも、違うところもある)


 僕を助けてくれたあの時、そのまま帰ることだってできたのに、わざわざ声をかけてくれて、泣き終えるまでその場にいてくれたことを思い出す。

 教室でも、他のクラスメイトみたく僕らを放って帰っていればよかったのに、声をかけてくれた。


 きっと、優しい人なんだろう。

 人に優しくできる人は凄いと僕は思う。

 僕はただ、臆病なだけだ。他人に優しくなんてできない。

 だから、これからも人をずっと拒絶して生きることになるんだと、そう思っていたけど―


「赤西さんのこと、もっと知りたいから」


 今はただ、彼女のことが知りたかった。


「あ…」


「駄目、かな?」


 そうでないと、なにも返すことができそうにない。

 なにも知らない相手に、僕はなにかをできる人間じゃないことは百も承知だ。


「……いいえ」


 これがきっかけで自分のなにかが変わる、なんて思ってないけど。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 この優しい笑顔を見れただけで、間違った選択をしたわけじゃないことは、僕にだってわかった。


















「なんでまだ、帰ってこないの」




※※※※※


成長フラグ立てることができたな!よし!




なお


次回はあの人が久しぶりに登場予定です

カクヨムはあとがきないのちょい不便ですね…

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