第46話
「いやー、赤西ちゃんはいい子だねー。私達のことを待っていてくれるなんて!」
……なんでこんなことになっているんだろう。
まだ少し風が冷たい昼下がりの歩道を歩きながら、そんなことをふと思う。
「いえ、そんなことは…」
「謙遜とかしなくていいって。あのままだと先生がくるまで喋っちゃってたかもしれないもんさえちゃんはみおりんなんて連絡すらくれなかったんだよ。薄情すぎると思わない?」
「えっと…どうなんでしょう。初日ですし、忙しかったのかもしれませんよ?」
「それはないって。どうせ新しいクラスで、私のことなんて忘れてるだけなんだよ!」
「あ、あはは…」
それはきっと女子達が会話する風景を、目の前で見せつけれているからなんだろう。
結局三原に押し切られる形で、三人で下校しているわけだが、こういう時、自分にはコミュ力が欠けているのだと、つくづく痛感してしまう。
僕に女子の話に割り込めるだけの度胸があるわけもなく、半歩下がってふたりに付いていっているのが現状だった。
(本当に、なんでこうなったかなぁ)
ここにいる三人は、それぞれろくに会話もしたことのない、ほぼ初対面といっていいメンバーだ。
普段の僕だったらまず一緒に帰ったりはしないだろう。
顔見知りではあっても、どんな性格なのかも詳しく知らない相手だ。
それでも悪い印象でない相手から誘われたら頷くとは思うけど、できれば二人きりのほうがいい。
三人以上だと、会話に入るタイミングがわからず、居心地が悪く感じるからだ。
それならいっそ、ひとりのほうがよほど気楽で。
自分がいないほうがいいのでは、なんて、ネガティブな方向に、思考が傾いてしまう。
「辻村くんもそうだよね」
「え、あ、なに?」
そんなことを考えていたせいだろうか。
唐突に話しかけられて、反応が遅れてしまう。
「あれ?話、聞いてなかったの?」
「あ、ごめん。聞いてなかった…」
僕は素直に謝った。
聞いてなかったのは事実だから、こういう時は変に誤魔化さないほうがいい。
「もう、仕方ないなぁ。赤西ちゃんのおかげで助かったなって話してたの」
「ああ、そういう…」
「三原さん、私は別にそういうつもりでは…」
赤西さんはオロオロしているが、三原の意見には同意する。
あのままだと、益体もない愚痴を延々と聞かされていたかもしれないんだ。
お礼を言うのも、当然のことだと思うし、せっかくだから、僕も便乗させてもらうことにする。
「赤西さん、お礼を言うの遅れてごめん。ありがとう、本当に助かったよ」
その中には、今朝の件やあの時の出会いのことも含まれていたけれど、これは敢えて言及することはしなかった。
赤西さんは、他人からの好意を重荷に感じてしまうタイプのように思えたから。
「辻村さんまで、そんな…私は、本当に…」
それは間違ってはいなかったようで、困ったように目を伏せる赤西さん。
…やっぱりこの人も、人と話すことになれていないんだ。
予想が当たったことが嬉しいわけではないけど、どうしてもシンパシーのようなものを感じてしまう。
「あはは。ま、そういうわけでさ。せっかくだし、このまま三人でカラオケでも行っちゃわない?ほら、親睦会ってことで!人数ちょっと少ないけど」
「え?」
そんななか、場の空気をぶち壊すようなことを、三原はのたまった。
「ん?なにかおかしなこといった?」
「いや、おかしいっていうか…」
口には出さないけど、お前正気か?
この三人じゃどう考えても盛り上がるはずないじゃないか。
そもそもカラオケとか苦手だし、人前で歌うとかしたくない。
「あの、すみません。私カラオケには行ったことなくて…」
天の助けというべきか。
赤西さんがそんなことを言ってくれる。
「え、そうなの?」
「はい…学校が終わったら塾通いの毎日でしたので。休日も勉強と読書で終わるので、ほぼ家から出ることがありませんでした」
「うわ、めっちゃ大変そう。都会の子ってマジで塾とか行ってんだ。それだと遊びに行く暇もないかぁ」
私には絶対無理だなぁと、三原はげんなりした顔で言うけれど、僕は彼女の言葉に少し引っかかりを覚えた。
うちの学校は進学校を謳ってはいるけど、偏差値としてはそこまででもない。
よくて上の下、あるいは中の上といったところだろう。
それは三原でも入学できていることからいって間違いない。
ガチガチの進学校というには、校則だって緩いほうだ。
赤西さんの偏差値がどのくらいかは知らないけど、そこまで勉強に力を入れ込んでいたような家庭環境だったなら、もっと上の高校だって狙えたんじゃないだろうか。
「そう、ですね。なので、曲とかも全然わからなくて…」
考え込む僕をよそに、赤西さんはどこか落ち込んだ様子だ。
なんとなく影があるような表情に、僕はかける言葉を失ってしまうのだが、この場にいたもうひとりの人物にとって、それは関係ないことだったらしい。
「ふーん…あ、そうだ!ならさ、教えてあげるよ。ちょっとスマホ出してくれる?」
「え…?あ、はい」
なにか思いついたらしい三原がそう言って立ち止まると、赤西さんも釣られて立ち止まる。
ついでに僕も足を止めるわけだが、ふたりでスマホを出し合って、なにやらにらめっこを始めているようだ。
「あれ、アプリ入れてないの?てかそのスマホ出たばっかのやつじゃん!うらやましー!」
「はい、高校入学時に買い換えたので」
「へー、いいなぁ。っと、終わったね。あとは私の送るから読むとって…はい、これで完了!登録できたよ」
やがてふたりは顔を上げるが、話の内容からして、どうやらSNSのアカウント交換をしていたらしい。
「後で動画のアドレスとか送ってあげるね。それ聞いとけば大体外すことはないと思うよ。よくわかんなかったら、聞いてくれたら色々教えてあげれるし」
三原はどこか嬉しそうだった。
普段人になにかを教える機会もなさそうだから、こういうことが案外新鮮なのかもしれない。
「え、と…い、いいんですか?」
「ん?もちろんだよ。だって私達、友達じゃん」
ケロリとそんなことを言う三原。
当たり前みたく言うが、距離の詰め方がスムーズすぎて、赤西さんがついていけてないじゃないか。
(…これだから、陽キャってやつは)
一部始終を目撃した僕から言わせてもらえば、三原の行動は手早すぎる。
(ああ、クソ…)
本当に、もったくもって、僕らしくない。
有言実行を果たした三原のことが、どこか眩しく見えてしまった。
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