第45話

「そう、かな」


 上手く言葉が出なかった。

 なんというか、虚を突かれた気がしたんだ。

 三原の言ったことが、心のどこかに刺さった気がした。


「そうだよ。辻村くんは違うの?」


 だからそう聞いてくる三原に、どう返せばいいのかわからなかった。

 いつもの僕なら、彼女の質問なんて適当に流して、さっさと話を終わらせていたに違いない。

 それは僕という人間が、内心三原のことを軽んじていたからだ。

 もっとひどい言い方をすれば、見下していたといってもいいだろう。


 木嶋の腰巾着。美織の太鼓持ち。

 要キャグループによくいるただの賑やかし要員で、それ以外の役割を期待されてもいなければ、いっそいなくてもいい取り巻きのひとり。

 自分の頭で考えることもできない、強い奴に味方することでしか生きていけない寄生虫。


 正直にいえば、そんな目でしか、僕は三原という同級生のことを見ていなかった。

 …いや、知ろうともしていなかったというほうが正しいか。

 そもそも僕は、美織を除けば他人とろくに接点を作るつもりもなかったんだし。


「僕は…仲良くなってから、友達と言えるんだと思ってる」


「それってどれくらい?仲良くなるなんて、話が合うならすぐじゃん。そもそも話したいと思う相手なら、その時点で好印象ってことでしょ。なら友達ってことで、距離詰めたほうが手っ取り早いと思うけどなぁ」


 だからよくよく考えると、こうして誰かとまともに話すのも、随分久しぶりな気がした。

 それが影響しているのかもしれない。三原の言葉が、まるで刺みたいに心の隙間に突き刺さる。


「でも、相手が嫌がるかも…」


「そんなの怖がってたら、いつまで経っても仲良くなんてなれないじゃん…あ、だから中学じゃ友達少なかったの?みおりん以外と話してるとこ、そういや見かけた覚えないし。てか、よく付き合えたよねー。それって、やっぱ幼馴染だから?」


 ズキリと。また鋭い痛みが胸に走る。

 三原の言うことは全て事実で、的確だった。


「…うん、そうだね。幼馴染ってだけで、僕らは付き合ってたよ」


「なら、色々得したね。あんな美人と付き合えてたとか、めっちゃ運良かったじゃん」


 そう言って笑う三原。

 屈託のない笑顔だ。微塵も悪気なんてないんだろう、それが読み取れる裏表のない顔を見せられては、怒る気にもなれない。


「そうかも。多分もう、運は使い果たしただろうね」


 だから、自分でも驚く程あっさりと、認めることができた。

 人に美織とのことを話すなんて、きっとないと思ってたのに。


「ま、次があるって!ガンバガンバ。人生長いんだしさー。気長にいこうよ」


 幸いだったのは、三原は僕と美織が別れた理由を聞いてこないことだった。

 美織から聞いているのかもしれないけど、少し意外だ。

 三原の性格からすると、彼氏だった僕からみた美織について、もっと興味を持ちそうなものなんだけどな。


「みおりんだってまだ彼氏作ってないんだよ?三学期とか超告白されまくってたのに、全部振っちゃってたしさー。モテる子の特権ってやつなのかな?まー断るとかめんどくさそうだったし、あんま羨ましくなかったけど」


 かと思ったら、流れるように美織の話題を振ってくる。

 これは単純に、僕個人に興味がないってことだろうか。

 それはそれで別にいいんだけど、主題からドンドンずれていってる気がする。


「それは…大変なんだな。みお…美坂さんも」


「そうそう。顔がいいならいいけど、なんか普通以下の顔した勘違いくんもいたしさー。しかもいく高校もうちとは離れてるうえに馬鹿高だったし。それで告白できるってすごくない?どうやって付き合い続けてくんだって話じゃん。そこらへん考える頭もないから、あんなとこ行くんだろうけど。あたしだってあそこ行きたくないから必死に頑張ったのにねー。将来考えられない男なんて絶対嫌だなぁ」


 気付けば完全に世間話というか、三原の愚痴みたくなっている。

 なんで僕はこんな話に付き合っているんだろう。

 胸の痛みは既にどこかに飛んでいて、席を立つタイミングを完全に逃しているのが現状だ。


「私んち農家だから、家継ぐとか無理すぎだし。高校卒業したらさっさとこんな田舎から離れてさぁ…」


「あの…」


 聞きたくないもない三原の家庭事情にまで足を突っ込み始めた、その時のことだ。


「「ん?」」


「あ、いえ、話し込んでいるところ悪いのですが…そろそろ帰ったほうがよろしいかと…」


 不意にかけられた声に、三原と同時に振り向いたのだが、そこにいたのは気付けば話しかけられないまま取り残してしまった女の子。

 赤西さんがひとり、僕らの席の横に立って、こちらに話しかけてきた。


「他の皆さんは、もう帰ってしまってますし」


「え…マジで?」


 慌てて辺りを見回すと、赤西さんの言うとおり、教室には僕ら以外誰の姿も見当たらない。


「うわー、しまったぁ…初日だから、どの子が中心になるか見ようと思ってたのにぃ」


 悔しそうにそんなことを呟く三原。

 そんな魂胆があったのか。高校でも誰かの取り巻きをやるつもり満々の三原に呆れるやら、意外なしたたかさにちょっと関心してしまうやらで、こいつに対する感情が上手く見つからない。


「こうなったの、辻村くんのせいだからね!」


「僕のせいにするなよ。そっちが話しかけてきたんじゃないか」


 そのせいか、理不尽な怒りを向けてくる三原に対し、こっちまで軽口を叩いてしまう始末だ。

 こういうのは、僕らしくない。

 ふと、三原の言っていた友達の定義が頭をよぎるが、それについて考えたくなかった僕は席を立つ。


「もう帰るよ。このままいるの見つかったら先生に怒られそうだし。それじゃ…」


「あ、ちょっと待った!」


 だっていうのに、まだ三原はなにか話があるようだ。

 呆れて目を向けると、既に彼女も立ち上がり、なにやら赤西さんの肩を掴んでいる。


「どうせなら、三人で帰らない?そのほうがいいでしょ」


 そしてそんな提案を、僕に持ちかけてくるのだった。

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