第7話
説得力というものは、発言する人によって全く異なるという話を、前に聞いたことがある。
例えば僕のような友人のほとんどいない陰キャだと、声を荒らげたところで周りからは白い目で見られるのがオチだ。
でもそれは当然のことだと思う。普段人と関わろうとしないのは僕がそうしたいかだし、単純に付き合いが面倒だと考えているからだ。
だから僕はクラスメイトのことを名前以外はほとんど知らない。
クラスの中心で騒がしくしている連中ならともかく、大人しかったりクラスに居着かない人の性格だって把握してすらいなかった。
そんなロクに他人に期待も興味も持ってない人間が、好意的な目で見てもらおうだなんて、それはあまりに虫のいい話だろう。
僕がクラスメイトのことを知らないように、クラスメイト達だって、僕のことを知らないんだから。
ただ同じ教室で授業を受けているだけの赤の他人が突然大声を出したら、僕だって間違いなくそいつを白い目で見るはずだ。
つまり僕がなにか言ったところで、全くの逆効果になるのは容易に予想がつくわけだけど、じゃあそうでない人間だったなら?
その答えは、僕のすぐ目の前にあった。教室のドアに寄りかかるように立っている、先ほど声を挙げたひとりの男子に、教室中の視線が集まっている。
「士道くん…」
「遅刻しそうだったから全力で走ってきたんだけど、うちの教室に皆集まりすぎじゃないか?廊下にも人いて、なにかあったのかとビックリしたんだが」
士道と呼ばれたその生徒は、吐く息こそ荒いものの、まるで動じていなかった。
あんなに注目を浴びたなら、僕なら足が震えてしまうのは間違いない。
息を吸うのさえ躊躇うほどの重苦しい空気に包まれるはずだ。
「もうすぐHRだって始まるし、他のクラスの人は自分の教室に戻らないとまずいと思うぜ。チャイムが鳴ってからだと、先生に見つかるかもしれないしさ」
だというのに、士道は堂々とした態度を崩さなかった。
モデルのように整った顔立ちに、どこか呆れの色が浮かんでいる。
そんなの嫌だろ?と周りに目配せする余裕すら見せており、さらにはそれに他クラスの生徒は同調したのか、ひとりふたりと慌てるように教室から去っていくではないか。
「…………」
その光景を前に、僕は半ば呆然としていた。
僕がしたかったこと、だけど無理だと考え、ためらっていたことを、士道は事も無げに実行したのだ。
頭が真っ白になっていると、士道は美織のほうへと歩いていく。
周りの生徒は道を譲るように一歩下がり、美織の周りにいた生徒もほうぼうへと散っていく。
まるで王様の凱旋のよう。士道の邪魔をしないように気を遣っているのが見て取れた。
「おはよ、大丈夫?御坂さん。朝から大変だったね」
「あ…あ、ありがとうございます…」
士道に話しかけられ、美織はちょこんと頭を下げる。
完全に縮こまっていて、声はいつも以上に小さかった。
「お礼なんていいって。どうせ昨日のテレビのやつだろ?木嶋が騒いでいたもんな。そりゃ人も集まるだろうけど、あんなにこられるとびっくりしちゃうよな」
そんな美織を見て、士道は苦笑していた。
気にしなくていいとでも言いたげに、軽く手を振った後、今度は未だ美織の横に立つ木嶋へと目を向ける。
「木嶋、ちょいやりすぎだって。うちのクラスからテレビに出たやついるとか、興奮するのはわかるけどさ」
「でも士道っち。これは美坂ちゃんのためでもあって…」
「女子は女子のやり方あるかもしれないけど、朝からあれはしんどいだろ。部活の大会だってもうちょいマシだったわ」
木嶋の言い分を、士道はやんわりと退ける。
誰が見ても、士道のほうが木嶋より立場が上だ。
「それは…」
「注目浴びるって結構しんどいんだぜ。まぁこれ以上は言わないけどさ。もう時間だ」
直後、チャイムの音が教室に鳴り響いた。
それを聞いて木嶋は苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、士道はまるで気にしたふうでもなく、自分の席へ歩いていく。
悠々と。堂々と。
一切の気後れもなさそうに。
「士道…」
それを見て、僕もまた思い出す。
そうだ、士道光誠。
元サッカー部のエースで、生徒会長もやっていた男だ。
思い出すのに時間がかかったけど、他人に興味がない僕でさえ、フルネームを知っているくらいには学校の有名人である。
いわばスクールカーストの頂点だ。
そんな士道の言葉を受けて、引き下がらない生徒はいないだろう。
存在感。言葉の説得力が、普通の生徒とはまるで違うのだから。
「…………」
結果として、士道に美織は救われた。
このことを、本来なら素直に喜ぶべきだろう。
だけどこの時の僕にあったのは、どうしようもない無力感と苛立ちと、そして言い様のない敗北感だけだった。
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