第6話

 止めなくちゃいけない。


 そう思うも、じゃあどうすればいいんだろうか。




 一番簡単なのは、ここで立ち上がり声を荒げることだろう。


「美織が困ってるだろう。やめろよ」そう一言言ってのければ、僕に注目が集まって、少なくとも場の流れは止まるはずだ。




 僕は美織の彼氏だし、それを知らなくてもふたりで一緒に帰っているところを見かけたクラスメイトはいると思う。


 だからここで美織をかばっても、不自然じゃないはず。


 堂々と彼氏としての権利を主張すれば、説得できる可能性はあるんじゃないだろうか。


 やろうと思えば今すぐにでもそれができるし、確実な方法だと思う。


 だけど、




「…………」




 そんな筋書きが脳裏に浮かぶも、それを実行に移すことはできなかった。


 立つことすらできず、僕は相も変わらず俯いて、じっと机を見つめるだけだ。


 動くことすらできそうにない。




 ……だって、それをしたら、あの視線が僕に向けられるとわかってるから。


 現在、美織へと注がれている数多の目。


 好奇と興味の入り混じったそれらが、一斉に僕を見たとして、そこにある感情は間違いなく美織のものとは真逆だろう。






 ―――何言ってるんだこいつ




 ―――空気読めよ




 ―――なにかっこつけてんの?キモいんだけど






 僕に向けれるだろう感情は、大方こんなとこだろうか。


 その光景を想像してしまい、思わず気分が悪くなった。


 そりゃそうだ。あれだけ盛り上がってるところに水を差すようなやつを見て、誰がいい気がするというのか。




 理屈では正しいことを言っていようと、納得できるかどうか全くの別問題だ。


 自分がやってることを間違っていると否定されて、その場でそうかもしれないなんて思い直せるやつなんてそうはいないだろう。




 頭で考えるより先に、感情が否定する。人間ってのはそんな生き物だ。


 ましてや周りに味方が数多くいるというのなら尚更間違いを認めることはないだろう。


 認めた瞬間、恥をかくのは自分なんだから。まず間違いなく否定され、攻撃されるのは僕の方。


 クラスへの影響力だって皆無といっていい僕ひとりが声高に叫んだところで、そのまま押し潰されるだけ。




 だから、そんなことはできない。


 あの流れを止めることなんて、僕に出来るはずないんだから。




(こんなの、ただの言い訳だってのに…)




 自分を納得させるためだけに、こんな理屈を並べてる自分が、情けなくて仕方なかった。




「―――みんな、一旦落ち着けよ。美坂さん、困ってるじゃないか」






 唇を噛み締めていた僕の耳に、僕が言いたかった言葉が届いたのは、ちょうどその時のことだった。

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