第5話

「ねぇ、美坂さんさ。なんで今日はその髪型してるの?」




「え…」




「だってほら、今は三つ編みだけど、昨日は違ったじゃん。髪下ろしてたけど、全然雰囲気違っててさ。だから言われるまで全然築けなかったし、もったいないなってさ」




「それわかる!めっちゃ可愛かったし、あっちのほうが絶対合ってるって。なぁ、皆もそう思うだろ?」




 そうだねとか、確かにとか、同調の声が嫌でも耳に入ってくる。


 軽く辺りを見回すが、声に出さなくても、頷くやつしかいなかった。




(なに勝手なこと言ってんだよ…!)




 美織は好きであの髪型をしているんだ。


 普段からずっとああだったし、それを見てなにか言ってるやつなんかいなかったじゃないか。


 ちょっとテレビに出たくらいで、急に注目しだして、声を荒らげてあっちがいいとか言うなんて、何様のつもりなんだよ。


 アドバイスでもしてるつもりなのか?違うだろ、お前のやってることはただ美織に圧力をかけているだけだ。


 美織はあのままでいいんだよ。あの姿が、美織には一番似合ってるんだ…!




「やっぱりそう思うよねー。ほら、美坂ちゃん、私が言ったとおりじゃない」




 内心憤慨していると、美織に話しかけるひとつの声が耳に届いた。




「男子も言ってるけど、あっちのほうが絶対いいって。メガネも一旦やめてさ、今日はコンタクトにしたら?昨日も言ったけど、持ってきてるんでしょ?」




 それは妙に甘ったるい声だった。


 猫なで声というのだろうか。本人からすれば優しく話しかけているつもりなのかもしれないけど、どこか媚があるというか、演技臭いものを感じてしまう。




「あ、木嶋さん…う、うん。一応余りがあったから、持ってきてはいるけど…」




「なら良かった。それじゃあさ、ここでちょっと変えてみよ?皆もそれを期待してるよね?」




 途端、歓声が教室内に木霊する。


 待ってましたと言わんばかりの反応に、思わず耳を塞ぎたくなる。




(くそ…)




 木嶋という名前には聞き覚えがあった。


 確かクラスの女子のリーダー格だったはず。


 髪を薄い茶色に染めてて、いかにもなギャルだとも記憶しているけど、僕には苦手な人種だった。




 声の大きさと気の強さからリーダーに収まったタイプで、悪い噂もチラホラ聞くし、影で気の弱い生徒をいじめてるなんて話もあるくらいだ。


 できれば関わりたくなかったし、それは美織もそうだろう。




 だけど、今は何故か美織は彼女に絡まれている。


 そのうえ、場の流れを勝手に作られてすらもいた。


 このままいけばきっと、教室内で美織は注目を浴びたままに、昨日と同じ姿をさせられることだろう。




 画面越しですらあれだけ人目を引き、話題になったくらいだ。


 生であの時の美織を見たいという生徒は多いに違いない。


 いや、集まったやつらは間違いなく期待しているだろう。






 その期待に応え、テレビの中にいた凛とした美少女が、現実として目の前に現れるとしたら。






 そのことを想像してしまい、僕は全身が総毛立つ。


 注目を浴びる、なんてどころじゃない。


 昨日の今日だ。話題にますます拍車がかかり、今以上に美織に人が集まり出すに違いない。




 その中には野次馬だっているだろう。


 だけど顔のいいやつ。性格のいいやつ。運動神経のいいやつ。


 そんなやつらだって、きっと美織を取り囲む。男女問わず、美織に近づこうとするだろう。




 その時、僕は―――僕は、どうすればいいんだ?




(僕は…)




 顔がいいわけじゃない。性格だって根暗だ。運動神経も悪い方。


 そしてなにより、目立つのが嫌いだった。


 誰かから注目なんてされたくない。ひっそり静かに残りの中学生活を過ごせれば、それだけで良かったのに。




 そんな僕が、美織の彼氏だと知られたなら―――




(最悪、だ…)




 本当に、考えうる限り、それは最悪も最悪だった。

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