第4話
翌日。学校に登校した僕らを待ち受けていたのは、いつもとは違う世界だった。
「美坂さん、昨日の番組見たよ!」
「決勝までいくなんてすごいじゃん!頭良かったんだね!」
「テレビに出るなら言ってくれたら良かったのに!たまたま見ててビックリしたよ」
褒める声。驚く声。興奮した声。
朝の教室が、人の声で賑わっている。
いや、人が増えている現状では、騒がしさを増していると言ったほうが正しいんだろう。
見覚えのない他クラスの生徒まで紛れ込んでいるし、周りもまるで熱に浮かされているかのようだ。
「あ、あの…その…私、そんな…」
そんな中でも、一際目立つのは教室の中央のとある一席。
その場所を囲むように、幾人の生徒がひしめき合い、円環を作り出している。
その輪の中心に、美織はいた。
「私、ただ頼まれて断れなかっただけで…別に出たかったとか、そういうわけじゃ…」
「いやいや!難しい問題とかスラスラ答えてたじゃん!普通あんなんできないって!俺なら緊張しちゃって喋るだけでも噛みそうだし!」
「うん、すごかったよねー。ネットでもちょっとバズってたよ!うちの学校からあの番組出ただけでもすごいのにさ!」
「そうそう!まさかうちの学校からあの番組出てる人いるなんて!知ってたら応援してたのに、なんでいってくれなかったのさー」
慣れない人だかりに萎縮しているのか、美織は謙遜するも、周囲の熱は加速する一方だった。
囃したてて、持ち上げて。
みんながみんな、好き勝手なことばかり言っている。
(美織、明らかに困ってるだろ。それがわからないのかよ…)
思わず心の中で毒づくも、それでなにかが変わるわけもない。
当の僕といえば、ただ自分の席に座って、その光景を悔しさの入り混じった目で眺めることしかできないのだから。
結論から言えば、僕らは見くびっていたんだろう。
テレビの力。SNSの拡散力というやつを。
昨日のうちに、クラスのメッセージアプリで、美織がクイズ番組に出たことが広がっていたんだそうだ。
やはり名前と学校名がわかっていたことが大きかったんだろう。
普段と違う装いを見せた美織に、あれは誰だという戸惑いもあったようだが、それが逆に火をつけたようだった。
すぐに他クラスにまで普及して、あとは友人から友人のネットワークで、一晩のうちにあっという間に学校中に知れ渡ったらしい。
僕がそのことを知ったのは、美織とふたり並んで教室に入ってからのことだった。
登校中も周囲からの不自然な視線には気づいていたものの、それがなんなのかわからず、内心疑問に思いながらも、ただ学校に着くことだけしか考えていなかった自分を、今は殴りつけてやりたい気分だ。
どうせ誰もテレビに出たことなんて気付きもしないか、あるいは気付いたとしても話しかけやしないだろうとタカをくくっていたことは、否定しようがないのだから。
美織がテレビに出るために見栄えを整えたことを否定したくて、現実から目をそらそうとしていたこともまた、否定できない事実だった。
それが今の事態を招くなんて、予想しようもなかったんだ。
元々友人が少ない僕は、クラスのメッセージアプリを普段ロクに開くこともなかったのが致命的だった。
美織からあっという間に引き剥がされ、気付いたらひとりポツンと取り残されて、すごすごと自分の席に座ることしかできなかったときの気持ちは、言葉で上手く言い表すことができそうにない。
「美織…」
多くの人に囲まれ、もはや姿も見えなくなった彼女の名前を、僕はただ呟くことしかできない。
これからどうなるのか、先の見えない不安に押しつぶされそうになりながら。
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