第43話

 周りと同じように高校生になり、周りと同じようにに席についている自分。

 流されるように進学し、結局人と関わりを持つことになっている自分。


「―――中学からきた――――です。趣味はサッカーで、この学校でも――」


 変わりたくないと思っているのに、環境の変化には適応しようとするのは矛盾なんだろうか。

 そんなことをふと思う。


「私は――で、友達が―――」


 こんな考えが浮かんできてしまったのは、周りのクラスメイトの自己紹介が、ひどくつまらないものに感じているからかもしれない。

 先生に促され、ひとつずつ席を立たされ行われる、新しいクラスになっての恒例行事。

 無難に済ませる人もいれば、ウケを取ろうとする人もいる。


「彼女募集してるんで、いつでも――え、いやだなあ先生。別にそんなつもりないんスけど。ちょっ、笑うなって――」


 ほら、こんな風に。まぁ大抵は空回りして滑るもんだ。

 第一印象は大事というけど、そこまで目立ちたいものなんだろうか。

 こんなひねくれた思考をしてしまう辺り、僕はやはり根っからの陰キャらしい。

 だけど、耳に入ってくるクスクスと小さな笑い声は、不快な色を含んではいなかった。

 周囲の生徒は悪い感情を持たなかったということだろう。

 その人なりに必死に馴染もうとしていることが伝わってくるからだと思う。

 これは上手く好印象に繋がったパターンだ。いや、そもそも印象に残すことができたなら、その人にとってはきっと成功なんだろう。

 とにもかくにも、早くもクラスでの立ち位置を確保しようと必死になっている生徒の姿も見うけられる。


「北中出身。辻村紅夜です。これからよろしくお願いします」


 そんな中で僕がしたのは、無難すぎる挨拶だった。

 踏み入るには浅すぎて、どんな人間なのかの情報も与えない。

 ただ定型文を口にしただけだ。きっとクラスメイトからの印象は、記憶にも残らない。

 聞きたいことだってないだろうから、さっさと席に座って終わりだろう。

 だけどこれでいい。下手なキャラ付けなんていらない。

 クラスの一員になんて別にならなくていいし、ただ無難にこなすことができればそれで―――


「はいはい、しつもーん!辻村くんは、カノジョ募集してないんですかー?」


 だっていうのに、空気を読まないやつはどこにでもいるらしい。

 勢いよくシュバッと手を挙げて聞いてくるのは、隣の席に座るツインテールの女の子。

 言うまでもなく三原だ。なにが楽しいのか、満面の笑みを浮かべている。


「…いえ、そういうのは特には。まぁ、できたら嬉しいですけど」


「あ、そうなんですかー。了解っすー」


 それを見て、頬が引きつりそうになる感覚を覚えつつも、表向きは平然を装い、言葉を返す。

 三原が素直に引き下がってくれたのは良かったが…いや、全然良くない。

 彼女を欲しがってるように思われたらどうすんだ。

 僕は高校で彼女を作るつもりなんてないというのに。

 いや、そもそも、今後もできるかどうか…

 僕の中には、未だ幼馴染の言葉が焼きついていた。


「はい、ご苦労さん。じゃあ次は…」


「はい!私は北中出身、三原鈴鹿でっす!さっき自己紹介してた辻村くんとは同じ中学でしたー!でも女子の知り合いは皆別のクラスになっちゃって、ある意味ぼっちです!嫌いなことは寂しいこと!なので高校は楽しく過ごしたいんで、友達たくさんだいぼしゅー!誰でも連絡交換ウェルカムなんで、気安く話しかけてくだっさい!」


 憂鬱な気分になる僕とは裏腹に、そいつはテンションが高かった。

 先生に言われる前に立ち上がり、勝手に自己紹介を始める三原…まぁ、コイツは生粋の陽キャ枠だから、ある意味求められてる通りの行動を取っているとも言える。


「え、マジ?じゃあ俺ともしてくれる?」


「OKOK!なんならクラスメイト全員オールオッケー!」


「よっしゃ!ついてるー!俺、このクラスで良かったー!」


 盛り上がりを見せる教室内。良くも悪くも場を湧かせることができるのは、一種の才能なんだろう。

 短く適当に済ませた僕とはまるで違う人種だ。

 明るく元気に挨拶する様は堂に入っていて、いっそ様にすらなっている。

 男子からは早速囃されて、色々質問までされているし、あれは孤立することはないんだろうな…


「えへっ♪」


 挨拶を終えて席に座る三原を胡乱な目で見ていると、僕の視線に気付いたのか、何故か片目を瞑り、パチリとウインクしてくる。

 咄嗟に目をそらすも、謎の行動すぎて理解不能だ。

 相も変わらず、悩みのひとつもなさそうだが、なにを考えているのやら。


(はぁ…)


 まぁ、三原のことは置いておこう。考えても無駄だろうし。

 改めて周りを見渡せば、クラスのなかでもリーダーになる人物を見極めようとしているのか、自己紹介をしている生徒を真剣な顔で見つめる人もいれば、僕のように適当に聞き流してあくびまでしている生徒もいる。

 まさに千差万別だ。この40人足らずの教室に、考えも性別も能力も全然違う人間が、そこかしこから集まっている。

 一年間は同じ時間を共有することになる同年代だけの小さな世界が、確かに形成されつつあった。





 キーンコーンカーンコーン


「はい、今日はここまで。明日からは本格的に授業が始まるから、今日は早めに休むように。別に寄り道くらいはしてもいいけど、いきなり悪いことはしないようにね」


 そう言って担任である佐藤先生は、教室を出て行った。

 自己紹介もちょうど終わったタイミングだったので、先生からしてもキリが良かったんだろう。

 心なしか教室を足取りが軽い気がしたのは、大人とはいえやはり早く終わることが嬉しかったからなんだろう。


「さて、と…」


 時計を見るとまだ12時を少し回った程度。

 高校生活初日は入学式とオリエンテーション、そして軽いホームルームであっけなく終了らしい。

 進学校は初日から授業を行うところも多いと聞いてたけど、この学校はそういうわけではなかった。

 どうやらあまり厳しい方針というわけでもないようで、そのことに少しホッとする。


「先生いい人そうだったねー」

「うん、当たりって感じ。説教臭くなさそうな人でラッキーかな」

「どっか寄ってかない?このまま帰るのも勿体無いしさ」


 先生がいなくなった教室は、さっきまでのざわめきを早くも取り戻しつつある。


「ねぇ、さっきの紹介の話ホント?」


 そんな教室内の一角に、人が数人集まっている場所があった。

 女子が数人、ひとりの生徒の机を囲んでいる。


「あ、はい…」


「そうなんだ!ねぇ、東京ってどんなとこなの?芸能人にあったことある?」


「私も聞きたい!」


 それは、赤西さんの席だった。

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