第72話
「美坂さんの目は、ハッキリ言っていました。お前は敵だって。あの人たちと同じ目を、彼女はしていました。私の存在を認めないと、そう言っている目をしていました」
赤西さんは昨日のように、両手で自分の肩を抱きしめていた。
まるで殻に閉じこもるように、小さな体を縮ませて。
「あれを見たら、駄目でした…あっという間に、中学の時の私が戻ってきたんです。話しかけようとしても無視されて、強く睨まれて、それでも私はなにも言えなくて…」
肩にかけていたストールを握りしめる手も、小刻みに震えている。
まるで見えないなにかに怯えるように、赤西さんは強く目を閉じる。
「なにか言えば、変えられるかもしれないのに、私にはそれが出来ないんです。怖さが勝って、逃げるしか出来ない。言い訳のひとつも言えないから、そこで止まったままになるんです。それじゃいけないと分かっているのに、そんなつもりはないと言えればいいのに…」
それは独白だった。
僕に向かって話しているというより、内面に抱え込んでいたものを、吐き出すかのように彼女は語り続けていた。
「美坂さんにも、きっと誤解されたままです。私はただ、休み時間の続きを辻村さんと少しお話がしたくて探していただけで…本の話がしたかっただけなんです。それだけなんです。だからそんな目をしないで下さい。誤解なんですと、そんな言葉も、私には言うことが出来なかった…」
そう言えていれば、違っていただろうと彼女は言う。
実際はなにか話す前に、僕が強引にあの場から引き剥がしたのが原因だ。
でもそう言ったところで、きっと赤西さんは納得しないだろう。
その前に言うことが出来たはずだと、彼女は自分を責めるはずだ。
それが分かる。分かってしまう。だから、僕はただ赤西さんの言葉に耳を傾け、聞き届けることしかできない。
「言えなかったから、美坂さんは私のことをきっとまたあの目で見ると思います。あの人の中で、私はもう敵になってしまったはずです。言い繕ったとしても、聞いてもらえるか、信じてもらえるかも分かりません…私はまた、対応を誤ったんです。もう間違いたくなかったはずなのに…」
そう言い終えて、赤西さんは肩を落とした。
遠く離れた場所まで来て、やり直そうと考えていた彼女にとって、昨日の美織との邂逅でなにも言えなかったことは、大きなショックであったらしい。
それこそ、ほとんど繋がりのなかった僕に、内面を吐露するくらいには。
ガックリとうな垂れる彼女は、見かけ以上に小さく見えた。
「赤西さん…」
なんと言えばいいのか、しばし迷う。
間違ったなら直せばいい、なんて言えない。
それはありきたりな正しい言葉だ。
誰にだって言える正論は、正しいだけで無責任な言葉でもある。
自分の弱さに震えている人に、頑張れやきっとできるなんて言うのは、その人のことをちゃんと見ていないからだとしか僕には思えない。
本当にその人を見て、共感を抱いているというのなら…寄り添うべきなんじゃないだろうか。
(なら、僕にできることは…)
赤西さんは、僕に似ていると思った。
逃げたのに、逃げられない。過去がいつまでも追いかけてくる。
自分を変えたいと思っているのに、それが出来ない。
自分の弱さが嫌いなのに、臆病すぎる自分が踏み出すことを拒んでしまう。
だから変えられない。いつまでも同じ場所にいる。
それが悔しくて仕方ないのに、嘆くことしか出来ない。
自分の世界に篭るのが好きで、他人が苦手。
だけど、他人に嫌われるのが嫌で、嫌われるような自分が一番嫌い。
そんなところが、似ていると感じた。
矛盾ばかりで、ぐちゃぐちゃで、それでもなんとかしたいともがいている姿が、自分と重なって見えたのだ。
「美織の誤解、解こうよ」
だから、僕は手を差し伸べることを選んだ。
「え…」
「話したこともないのに嫌われたままなんて、赤西さんだって嫌でしょ?美織との間に、僕も入るから、二人で誤解解こうよ」
「でも、辻村さんは…」
「美織が変な勘違いをした責任は、僕にだってあるんだ。その責任を、僕は取りたい。あの時の美織の行動は僕にも分からないところがあるし、ちゃんと話せばきっと大丈夫だと思う」
今の美織に話が通じるかは未知数だ。
考えてみれば、僕はあの美織のことをよく知らない。
ずっと正面から向き合うことを避けていて、怖いとすら思っている自分がいる。
(でも、逃げてばかりじゃ駄目なんだ)
僕の問題に巻き込んでしまった人がいる。
なら、これはもう僕と美織だけの問題じゃないんだ。
「…いいんですか?」
困惑しながらも赤西さんは、僕の言葉に食いついてくれた。
そのことに内心喜びながら、僕は大きく頷く。
「勿論。休みが明けたら、一緒に美織のところに話に行こう」
これが彼女にいい影響を与えることができるなら本望だ。
僕自身も、赤西さんと関わることで、なにか変わるきっかけが掴めればと、そんな打算的な考えも少しだけあった。
だけど、そんな矮小な考えは、すぐに霧散する。
「…はい」
小さく頷く赤西さんの目の奥に、小さな輝きがあったからだ。
彼女もまた、きっかけが欲しいんだろう。
やっぱり僕らは似ているのかもしれない。
今はただ、彼女の手助けができればと、この時の僕はそんなことをただ楽観的に考えていた。
―――――――――
Q.自分の好きな人が無意識のうちに目を向けて気にしている女の子を連れて自分のところに来たら、どう思うでしょうか?
紅夜くんに女の子の心は分からないからね、仕方ないね
次回は多分裏美織パートになると思います
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