第35話
「違うのコウくん!その、違うの!」
「違う?」
違う違うと連呼されても、まるで要領を得ない。
何が言いたいのか伝わらない。
「違うって、なにがさ」
だから聞き返したのだけど、口から出たのは自分でも驚くほど低い声だった。
「ひっ…待ってコウくん!誤解してる!その、こうせ…士道くんとは、なんでもないの!ただ相談に乗ってもらっただけで、本当になんでないんだってばぁっ!」
それを受けて、一瞬怯えた表情を見せる美織。
すぐに弁解しようとまくし立ててきたはものの、気が動転しているのだろうか。
彼女らしくないミスを犯していた。
「…名前、言い直したね。普段は士道のこと、名前で呼んでいるんだ」
「え、あっ!」
容赦なくその点について指摘すると、自分の失言に気付いたらしく、美織は慌てて口元を手で隠した。
ますます顔が青ざめ、目にも焦りと困惑の色がジリジリと広がっている。
「仲良かったんだね。知らなかったよ」
「違うのっ!だから、違うのぉっ!!!」
まるで駄々っ子のように首を振る美織。
もう半狂乱だ。ここまで取り乱した彼女を、僕は知らない。
「なにも違わないよ。士道と一緒にいたのは事実だろ。そして僕はそれを知らなかった。それだけだよ」
「だって、だってそれを言ったら、コウくんに誤解されると思って!ただでさえあんなことがあったから、心配かけたくなかったんだよ!!私だけで終わらせようと思ったの!本当にそれだけなんだよぉっ!士道くんとはなにもしてない!!!相談に乗ってもらって、仲良くなっただけなのっ!!!」
対して、僕の心は冷めていた。
士道のことを名前で呼んでいた。その事実に、心が冷えていくのを感じる。
もう僕だけの美織でないことが改めてわかってしまったからだろうか。
「本当に?」
「本当だってばっ!信じてよぉっ!!!」
大切な宝物が、汚されたような気がした。
「……だったら、なんで嘘ついたの」
「あ、う、ぅぅぅ…」
追求は容赦なく続く。
気付けば立場は逆転していた。
好きだった女の子のことを、僕は今追い詰めている。
「だって、だってぇっ!!あの話の流れで、言えるわけないじゃない!できるわけなかったんだよ!!嘘をついたことはごめんなさい!謝るから、ほんとに、本当に浮気なんてしてないの!信じてよぉっ!」
縋るように懇願してくる美織。
綺麗だと思ってた顔は、涙ですっかりグシャグシャだ。
学園のアイドルが見る影もない。
「私が好きなのは、コウくんだけなんだよ!本当なの!私にはコウくんしかいないの!本当の私を知っているのは、コウくんだけだもん!コウくんがいなくなっちゃったら、本当の私がどこにもいなくなっちゃうよぉっ!」
ここにいるのは偶像ではなく、自分のついた嘘に泣きはらす女の子だった。
「お願いだから、コウくんだけは私を見てよ!捨てないでよ!じゃないと私、私…!」
泣きながら美織は僕を求めてきた。
まるで小さな子供みたいだ。
見ているだけで、心がとても苦しくなってしまう。
「悪いけど、無理だよ」
だけど、僕は彼女の言い分を切って捨てた。
こうする以外、僕はもうどうしようもないんだから。
「嘘は嘘だ。今の美織のことを、僕は信用できない…恋人でいることなんて、できない」
「あ、ああああ…」
絶望したように、美織は呻く。
「別れよう。もう、恋人でいることをやめよう」
もう一度、別れることを彼女に告げた。
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