第34話

「美織、ごめん」




 僕は謝らなくてはいけなかった。




「僕が間違ってた。本当はもっと早く言うべきだったんだ」




「なにを…」




「僕は、今の美織は好きじゃない」




「えっ…」




「今の美織は、僕の好きだった美織じゃないんだ」




 僕が好きだった美織は、あの頃の美織だったから。




「今の方が可愛くなったし、綺麗でもあると思う。だけど、美織が色んな人に持て囃されるようになったことが、僕にとってはつらかったんだ」




 これはまごうことなく僕の本音だ。


 今まで恋人であった美織にすらさらけ出せなかった、いや、恋人だからこそさらけ出すことなんてできなかった、醜い本心。


 ようやく覚悟ができた。


 今ここで、全部吐き出す覚悟が、ようやく。




「僕はこういう性格だから、クラスメイトに囲まれている美織と話すことができなかった。可愛くなった美織に、話しかけることもできなかった…僕だけの美織じゃなくなったと思った」




「…………」




 僕の話を、美織はなにも言わずに聞いている。




「僕は美織と一緒にいたいと思った。だけどそれは美織とならずっと一緒にいられるからだと思ったからで、今の美織と僕は、一緒にいることがほとんどなくなってる。このままだと、多分もっと距離が離れていくと思う」




「そんなこと、ない」




「あるよ。実際、僕たちの気持ちは、もうだいぶ離れているはずだ」




 そうでなければ、そもそも呼び出したりなんてしない。


 そのことは、美織だってわかっているはずだ。




「……コウくんは、私のことを嫌いになったの?」




 震える声で美織は言った。


 俯いていて、今はどんな顔をしているのか分からない。




「……嫌いじゃ、ないよ」




「さっき、好きじゃないって言ったじゃない」




「……うん。言った。でも、嫌いじゃない。嫌いになんて、なれるはずないだろ」




 ここで嫌いだと言い切ったほうが、上手く別れることができたのかもしれない。


 だけど、ずっと好きだった…今も好きな幼馴染に、嘘をつくことはできなかった。




「なら、なんで別れるなんて言うの…?好きなら、いいじゃない。私だってコウくんが好きなんだよ!好き合ってるなら、それでなんの問題があるっていうの!?」




 美織は涙声だった。


 実際、泣いているんだろう。


 教室の床に、ポタポタと雫が落ちていく。




「好きでも、駄目なんだよ」




「駄目じゃない!!やり直せばいい!何度だってやり直せばいいんだよ!!それが恋人でしょ!?なのにそんな、いきなり別れようだなんて、意味がわかんないよぉっ…」




 傷付けているのがわかった。


 僕が半端に希望を持たせることを言ってしまったせいだ。


 美織のことを本当に想っているのなら、嘘をつくべきだったんだ。




「美織…」




「ねぇ、やり直そう?そうだよ、そうしようよ。私、元に戻るから。戻れるようになるんだよ。地味な私に戻ったら、皆見向きもしないよ。そうしたら、また一緒に帰ったり、勉強したりしようよ。ね?」




 それができなかったから、こんな痛々しい姿を美織にさせてしまってる。


 皆から好かれている今の美織に、まるで似つかわしくない姿を。




「……本当にそう思ってる?」




「思ってるよ!私のことを信じてくれないの!?」




 見ていられなかった。


 彼女のこんな姿を、僕は見たくなかったんだ。




「……先週の日曜日。美織はなにしていたの?」




 だから切り札を切る。


 この場に置ける、絶対的な切り札。


 これを持ち出せば美織をさらに追い詰めることになることがわかっているのに、僕はそれを切ろうとしている。


 嘘をつけないとか偽善ぶって結局これだ。


 いったい僕は、どれだけ自分が可愛いんだろうか。




「え…」




「答えて欲しい。なにしてたの?」




 美織は戸惑っているようだった。


 なんでいきなりこんなことを言われるのか、わかっていないのかもしれない。




「…親戚の家に行ってたけど、それがどうしたの?」




おずおずと答える美織だったがこれは前振りに過ぎない。




「そうなんだ。じゃあ昨日は?」




本命はこっちだ。


意地の悪い質問なことはわかってる。


美織の肩がピクリと震えた。


動揺しているのが目に見えてわかる。




「え、あ…そ、そうだ!勉強!勉強してたの!家で勉強してたんだ!」




 焦点の合わない瞳を彷徨わせ、やがて出てきたのは、明らかな言い訳だった。


 途中言葉に困っていたのは、士道のことを思い出していたからだろうか。


 胸がズキンと、ひどく痛む。




「そうなんだ」




「うん!そう!ひとりで受験のための勉強してたの!ねぇコウくん、そんなことはいいから話を…」




 戻そう。そう言いかけたその先を、僕は言わせなかった。




「ねぇ美織。僕は見たんだよ」




「へ?な、なにを…」




「昨日、美織が男と二人で、街を歩いている姿を」




 それを告げると、美織の顔がみるみるうちに青ざめていく。




「遠目だったけど、わかったよ。あれは間違いなく美織だった。隣を歩いていたのは、士道だよね。元生徒会長の…」




「違うの!!!!」




 美織の叫びが、教室に木霊した。

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