第53話


「結局、紅夜くんは変わらなかった。助けを求めることも、誰かを求めるもしないで。そのままひとりでいることを受け入れたまま卒業して。君は目をそらすことを選んだんだ」


 痛い。

 美織の手が、視線が、言葉が。

 何もかもが、すごく痛い。


「私は、私のことを見て欲しかったのに。それなのに、君は…!」


 ギシギシという音が聞こえるかのよう。

 まるで心が張り裂けそうだ。


「悪いの、かよ…」


 だけど…


「は…?」


「僕が全部、悪いのかよ!逃げちゃいけなかったのかよ!?」


 美織の手を振りほどいて、僕は叫ぶ。

 僕にだって、言い分くらい、ある。

 美織も十分勝手じゃないか…!


「僕だって逃げたいわけじゃなかった!たくさん悩んださ!でも、あの時の僕は、もう限界だったんだ!あれ以外にどうしようもなかったんだよ!」


「なに。いきなり…逆ギレしないでよ」


「怒りたくもなるよ!美織だって辛かったかもしれないけど、僕だって辛かったんだ!なのに、好き勝手言ってくれちゃってさ!」


 やれることをやったなんて言わない。

 あれしか出来なかった。


「あの時は、どっちも悪かったんだ!それでいいだろ!僕にばっかり、責任を押し付けないでくれよ!!!」


 ああすることが、あの時の僕にとって、正しい選択だったんだ。


「頼むから、今さら蒸し返すなんてしないでくれよ…僕の中じゃ、もう終わったことなんだよ…別々の道を行けば、もうそれでいいじゃないか…」


 今さら、こんな話なんてしたくない。

 だって、終わってるんだ。僕たちの関係は。

 だから交わらない。どこまでいっても、平行線にしかならないのに。


「…………彼氏なのに」


「え…」


「彼氏だったのに、そういうこと言うんだ。私を助けてくれなかったのに。助けて欲しかったのに…」


 美織の中では、まだ終わっていない。


「私はまだ、君のことをこんなにも好きなのに」


 だから、こんなことになる。

 まだ先があると信じている。


「……いいよ、もう。白けちゃった。この話はまた今度にしよう。今日はもう、なんだか疲れたから」


 美織は僕に背を向けた。

 そのまま自分の家へと、ふらふらとした足取りで歩いていく。


「でも忘れないで。君には幸せになる権利なんてないの。美織以外の子を選ぶなんて、私が許さないから」


「……僕は」


「これからの高校生活、楽しみだね。紅夜くん」


 そう言うと、美織は今度こそ去っていった。

 痛烈な置き土産を残していったその背中に、声をかけることはしない。

 なにも言えることなんてないからだ。


「わかってるよ…」


 そんなことは、もうとっくにわかってる。

 これはきっと美織がかけた呪いのようなものなんだろう。

 取り返しのつかないことを、僕はしたんだ。


「僕なんかが、幸せになれるはずがないんだ」


 やるせなさからそう呟くと、家に向かい踵をかえす。

 とにもかくにも、今回は切り抜けることはできた。

 安心感したからだろうか。

 疲労がどっと押し寄せてくる。


「疲れた、な…」


 元々プレッシャーに弱いのもあるんだろう。

 今はもう、早く眠りたい。

 とにかく、疲れた。


「とんだ入学初日になっちゃったな…」


 最初からこんなことで、やっていけるんだろうか。

 わからない。僕はいつも悩んでばっかりだ。


 ゆっくりと玄関のドアを開けると、どこからか小さく、ごめんねと呟く声が聞こえた気がした。

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