第58話
「え、ほんと?赤西さんもあの作者さん好きなんだ?」
「ええ。心理描写が繊細で、表現も美しさがあるのでお気に入りの作家さんのひとりです。構成力も巧みなので、読み終えて読了感に包まれていると、序盤に伏線が仕込まれていたことを思い出して二週目もついしてしまったりしますね」
「あ、わかる。そこらへん上手いよね。シリーズで出してるやつとか、ラブカイザーの伏線が2巻の時から仕込まれていたことに気付いたときには、僕思わず唸っちゃったり…」
僕と赤西さんの会話は、盛り上がりを見せていた。
きっかけとなった小説の感想トークから始まり、今は作者さんの話まで広がっている。
久々に趣味の合う人を見つけられたことで、僕のテンションはさっきまでとは比べ物にならないほど上がっている。それは赤西さんも同じようで、彼女の頬も少し赤みを増しているように思えた。
会話をするのが楽しいものだと感じられたのは、本当に久しぶりだ。
ただ、問題があるとするならば、
「…ゴホン!ふたりとも、私達のこと忘れてない?」
「「あ……」」
そう、今は、グループでの会話の途中だったということだ。
二人だけで顔を合わせていたわけではないのに、彼らをそっちのけでふたりで盛り上がってしまっていたのである。
これは言い訳のしようもないほど、空気を読めない行動であることは明白だった。
「ご、ごめん!つい…」
「最近読んだ中でもとても良かったお話だったので…ご、ごめんなさい」
ふたりで慌てて謝るも、僕らを見る三人の目には、どこか白けたような色が混ざっているように感じたのは決して気のせいではないだろう。
さっきまで感じていた熱は急速に冷えていき、自然と身も縮こまる。
肩身が狭いとは、まさに今の僕らの状態そのものだ。生きた心地がしなかった。
「はぁ…まぁいいけど。ふたりとも楽しそうだったし?私達が口を挟めないくらいには、ね」
「辻村。語ってるときのお前、めっちゃ早口だったぞ。明らかにテンション上がってて草生えるんだが」
「うう…」
松下さんと戸塚の皮肉混じりのツッコミにも、返す言葉もない。
針のむしろってこういうことを言うんじゃないだろうか。でも仕方ないじゃないか。本当に楽しかったんだし。
(それこそこんな話をできたのは、美織と…)
その時、僕の内面を見透かしたかのように、三原が笑いかけてきた。
「辻村くん、確かに楽しそうだったね」
「えと、ごめん…勝手に盛り上がって…」
「ううん。いいって。辻村くんの笑顔って久しぶりに見たし。それこそ中学以来かなぁ。そうだ、みおりんと一緒にいた頃以来かもね」
その名前が呟かれた瞬間、心臓が跳ねた気がした。
「三原さん、みおりんって…?」
「辻村くんの元カノ。F組の美坂美織って子の名前、聞いたことない?」
「え!?あの子!?美坂美織っていえば、うちの学年で一番可愛いって、評判になってる子じゃん!?」
三原の言葉に、松下さんが食いついた。
眼前で過去が広がっていく事実に、ズクズクと胸が痛む。
吸い込む息が、重くなっているような気がする。
他人の口から告げられる美織の名前は、僕の心を締め上げるには十分すぎた。
――美織からは逃げられない
そんな分かりきっていた事実を、だけど目をそらすなとばかりに突きつけられる感覚は、とても慣れられそうにない。
トラウマというのは、こうやって出来上がるものなのだろうか。
人との関わりを持つということは、自分を知られると同じであると頭では分かっていたはずなのに。
それでもと思い、決意したはずなのに、早くも心が軋んでいた。
「え、辻村って彼女いたの…?マジ?うそぉ…」
戸塚が僕のことを見てくる。
悪意なんて微塵もなくて、戸惑っているのは明らかだったけど、視線を向けられること自体が僕にとっては一種の重しだ。
やめて欲しい。そう一言いえばいいだけであろうこの状況で、それでも口を挟むことはできなかった。
さっき謝ったばかりなのに、これ以上なにかを言えば空気を完全に壊してしまうという恐れが僕の中にあったからだ。
「……あはは」
だから、こうして誤魔化すように苦笑いを浮かべるのが精一杯。
否定はしない。だけど、ハッキリと肯定するには、僕の心はまだ弱すぎた。
僕という人間の本質は、結局どこまでも臆病で、他人に嫌われることを恐れる弱い生き物のままだった。
次回は頑張れ赤西さん
美織も少し出るかも
自分の存在を他の人にも知らせてマーキン…手を出させないようにするのは当然だよね、裏美織は泥棒猫はノーサンキュー
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