第57話
教室という場所を、僕はずっと狭いと思っていた。
1クラスに40人弱の生徒が収められるこの空間は、そこかしこに人の目がある。
ひとりでいても必ず誰かの視界に入っており、自分をどう思われるかと思うと心が沈む。
そういう意味でも、僕は教室が好きじゃなかった。
いや、そもそも学校自体が好きではなかったんだと思う。
来たくもなければ行きたくもない。でも生きていくためには行かなければいけない場所。
そういう認識を持っていた。人はひとりでは生きていけない。
正しくは、ひとりで生きていこうとしても、人間という生き物は必ず人と関わらなければいけないのだ。
単体で完結している生き物だったらまた違うのだろうけど、群れでの生活を僕らが生まれるずっと昔から続けてきたのが人間だ。
群れには必ずルールというものが存在する。逸脱したら弾かれる。
厄介なのは、それはひとりで生きていけるということとイコールではないということだ。
その先にあるのはろくでもない結末だけであり、それを最初から望む人はいないだろう。
人間は誰だって、幸福でありたいと望むものだから。
そうでないと、生きていけるはずがないのだから。
だから人は学ぶ。人の中で生きていくルールというものを。
他者との距離感。空気。間隔。それを学ぶために子供に与えられる場所が学校なのだと、僕は認識していた。
まぁ長々と語ったけど、とどのつまり僕が言いたいことは、他人とはめんどくさいということである。
「鈴鹿ちゃんって、好みのタイプとかいるの?」
「んー、明るい人がいいかなぁ。あんまり拘りとかはないけど、あとはやっぱり話が合う人がいいかなとは思うよ」
「そうなんだ!お、俺って結構明るいと思うんだけど、どうかな…?」
「戸塚くん、アピール早すぎ。がっつき過ぎてちょっと引くよ…」
「…………」
そう、他人とはめんどくさい。
いつの間にか輪の中に入れられて、無理やり会話に巻き込まれてたりするあたり、非常にとてもめんどくさい。
短い休み時間とはいえ、教室の一角を陣取って、僕を含めた5人の男女による会話が、何故か繰り広げられているのである。
(どうしてこうなったやら…)
思わず嘆息したくなるのも無理はないんじゃないだろうか。
5人グループともなれば、教室の中ではそれなりに存在感もでる。
時折こちらに視線が飛んでくるのが分かるのが、なんとも居心地が悪いのだ。
これは僕が根っからの陰キャだからにほかならないんだろうけど、注目されるのはやっぱり苦手だった。
「なぁ、辻村はどんなタイプが好みなんだ?」
「え?」
会話に混ざれず周囲を気にしていると、突然矛先が飛んできた。
「いや、さっきは聞きそびれたからさ。せっかくだしいいだろ?ちなみに俺は可愛い子なら基本大歓迎だからよろしく!」
「それ、私達に向けて言ってるの…?」
「あはは…」
さりげなく、なんてもんじゃなく、おおっぴらにアピールする戸塚。
女子は呆れているようだが、それで場の流れが変わるわけでもないようだ。
「ほら、俺は言ったぞ。次は辻村の番だ。流れ作ったんだから、答えてくれないと困るぜ?」
「う…参ったな…」
なんとなくわかっていたけど、どうも戸塚は根っこが陽キャ寄りの人間であるらしい。
先に言ったあたり、一応気を遣ってくれてるのはわかるんだけど…そもそもの話、こういう空気自体が苦手だ。
少人数だろうと、注目を浴びるのは心臓が飛び跳ねてしまう。
「…一応、大人しい子がタイプ、かな…」
それでもなんとかそう絞り出せたのは、あるいは僕もこの場の空気とやらに当てられたからかもしれない。
頑張ってこれというのが、僕という人間そのものを表してるようで、とても気はずかしくはあったけど、言えただけでも進歩と言えるのではないだろうか。
「…普通だな」
「普通だね」
「…普通ですね」
だけど返ってきた周囲の意見は淡白過ぎて、ちょっと泣きたくなった。
「はは…だよね…」
うん、分かる。自分でも分かるほど、つまらないことを言ったのは。
引っ張ることでもなければ、恥ずかしがることでない、実につまらない返しだった。
これも僕という人間そのものである。面白みなんてなにもない。改めて考えるとほんと泣きたくなるな…なんというか、へこんできた。
「えっと、辻村くんは趣味とかないの?私は音楽聴くのとか好きなんだ」
「あ、一応読書が好きです。はい…」
さすがにいたたまれなくなったのか、松下さんが問いかけてくれるも、やっぱり僕はつまらない回答しかできなかった。
さっきから会話の流れを見事にぶった切っている。後に続けることが出来ないのは、空気を読めてないとしか言いようがない。
「そうなんだ…ちなみに何読むの?」
「…推理小説とか。あと、ヒューマンドラマとかも好きかな。ドラマ化したシリーズとかは読んだりするし、店頭で面白そうだと思ったのは手にとったりするよ。あと最近読んだのは…」
あからさまに気を遣われているのを理解しつつ、なんとか頑張ってみるのだが、やっぱりこれって食いつかれるような話ではないと思う。
せめて漫画にしとくべきだったか。なんとか軌道修正しようと思い立った時、
「あ、それ私も読みました」
赤西さんが、手を挙げてきた。
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