第10話
問題があったとき、大抵の場合は時間が解決してくれるという。
つらいことや悲しいことがあったとしても、時間が経てばいずれ笑って話せるようになるはずだと、どこかで見た覚えがあった。
……本当にそうなんだろうか?
僕が今抱えているこの悩みも、いずれ時間が勝手に解決してくれるというんだろうか。
とてもそうは思えなかった。
むしろドンドンひどくなり、鬱屈した感情が腹の底で積もり続けているように思う。
毎日が憂鬱で、学校になんて行きたくない。
そう考えるようになってきているあたり、限界は確実に近づいてきているのかもしれない。
僕と美織を取り巻く環境は、時間を追うごとに確実に、そして急激に変化を続けているのだから。
美織がテレビに出演してから、もう一ヶ月が経っていた。
季節も秋に差し掛かり、冬の足音も確実に近づいている。
中学三年生である僕らにとって、今が一番大事な時期であり、既に推薦を決めている生徒以外は志望校を決めて自分に見合った勉強に取り掛かっている人が多数だろう。
僕もそのひとりであり、家からほど近い進学校の受験を目指し、休み時間の今もこうして参考書に目を通していたりする。
僕以外にもクラスメイトの何人か同じように本を開いている姿が見かけられ、受験に向けて動き出しているようだ。
話しかけこそしないものの、真面目な人は好きだ。
人に迷惑をかけることなく、静かで害をくわえられることもない。
少なくとも、今も教室の中心でバカ騒ぎを続けている連中よりはよっぽど人としてマシだと思うから。
ほら、今もまた、騒がしい声が聞こえてくる。
「美坂ちゃん。今日帰りにどこか寄ってかない?」
「あ、ならファミレス行こうよ!私勉強教えてもらいたーい」
「それなら私も行きたいな。美坂さん頭いいもんね」
「あ、俺も行っていい?大勢のほうが楽しいっしょ!」
「アンタがきたら勉強どころじゃないでしょうが。どうせ騒ぎたいだけでしょ」
ギャーギャー。
相も変わらず、今日も彼らは五月蝿かった。
中心に鎮座している木嶋のグループとクラスの陽キャ連中の会話はやかましく、集中するには邪魔なノイズだ。
できれば耳を塞ぎたくなるような喧騒が、休み時間になるたび巻き起こり、すっかり辟易している自分がいた。
(いい加減にしろよ…将来のこと考えてるのか、あの人たちは…)
内心悪態をつくも、口には出さない。
聞こえたら、きっと連中から睨みが飛んでくるだろう。
僕はただでさえやつらには目をつけられているんだ。
余計なことはしたくなかった。
「あはは…まぁ勉強なら教えてあげれると思うよ。もちろん私に分かる範囲までだけど」
下を向き、無理やり参考書に集中しようとしていると、今度は違う女子の声が聞こえてきた。
明るさは感じるけど、それでもさして声は大きくない。
それでもハッキリと聞き取れたのは、さっきまで話していた連中が彼女が口を開いた瞬間、その口を閉ざしたからだ。
自分が話すことより、その子がなにを話すかを優先した行動。
そのことからわかるように、あのグループの中心人物はこの子だ。
そして、それが誰かなんて、もはや言うまでもないだろう。
「ほんと!?ありがとうみおりん!恩に着るよー!」
「きゃっ!?ちょっ、それはダメだって…」
抱きつかれたのか、小さく悲鳴をあげる美織。
けれど、さして嫌がっている感じがしないように感じるのは、果たして僕の気のせいだろうか。
「…………」
問題は、時間が解決してくれるという。
だけど、その解決がいい方に転がるとは限らない。
「羨ましい…俺も抱きつきてー」
「それセクハラだって三原ー」
下品な笑い声が聞こえてくる。
本当に耳障りだ。鼓膜に指を突っ込みたくなるくらい、コイツらの話は聞きたくない。
「これはあたしなりの感謝のしるしなんですー。いいよねー、みおりん?」
「ダメだって!もう…こういうのは禁止だからね。またやったら、もう勉強教えてあげないんだから」
僕はもはや嫌悪感しか感じなかったが、美織はそうではないらしい。
セクハラまがいの声すら聞こえるそれらを、幼馴染は、あっさりと流せるようになっていた。
(……知らなかったな)
美織がこんな器用なことができる子だったなんて。
ずっと一緒だったのに、知らなかった。
「えー。それはひどいよー」
「ひどくないよ。スキンシップっていっても過剰だもの」
今も美織は軽く笑って不満をもらす友人を受け流している。
そのことは、素直に凄いと思った。
以前の美織からは考えられない変化。
適応した、ということなんだろうか。
クラスでの立ち位置が変わったことで、それに見合った振る舞い方を、美織は身に付けたのかもしれない。
そうだとすると、美織は僕が思っているより、ずっと凄い子なのだろう。
可愛くて。性格が良くて頭も良くて。さらにいえば面倒見がいい。
なるほど、完璧だ。理想の女の子と言えるだろう。
そりゃあ1ヶ月でスクールカーストを駆け上がるっていうものだ。
あるいはストレスが溜まり始めるこの時期だったから、なお拍車をかけたのかもしれない。
テレビにも出た美少女を祭り上げるある種の御輿上げのような感覚に、皆酔っているのかもしれなかった。
今の美織は、クラスの中心。いや、それ以上か。
もはや学園のアイドルといっても過言ではない立ち位置にいた。
「だいたい…」
―――だからこそ、やめてくれと願う。
それ以上は言わないでくれと。心の底から思ってしまう。
「私、彼氏いるもの。コウくん、こういうのあまり好きなタイプじゃないから、あまりやられたくはないなぁ」
だけど結局、祈るだけで声に出さないなら、届くはずがないんだ。
願いも空しく、美織はあっさりと、僕の名前を口にした。
―――わかって欲しいわけじゃない。
だけど、気付いて欲しかった。
美織は解決できているとしても、僕はそれができるような人間じゃないということを。
例え身勝手な願いとわかっていても、彼女にだけは、どうか察していて欲しかった。
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