第25話

「ああああああああああああああ!!!!」


机の上から、教科書が宙を舞う。

放物線を描いて床に落ちるのもあれば、勢いそのままに壁に叩きつけられて、ドサリと落ちるものもある。


「なんで!どうしてぇっ!」


その光景を見ても、気が晴れない。

激高がまるで収まることがない。


「このっ!このぉっ!!」


好きな作家の小説。

お気に入りのボールペン。

小さい頃から愛用している目覚まし時計。


それが次々と吹き飛んでいく。

がむしゃらに腕を振ると、色んなものが色んな音を立て、床に転がるか壊れていった。



「はぁっ、はぁっ…!」


「美織?美織、どうしたの!?なにかあったの!?」


大きな音を立てたからだろう。

部屋の外で、お母さんが呼びかけてくる。

焦りが伝わる声だ。私を心配しているのかもしれない。

だけど、今は。


「うるさい…」


「え?」


「うるさい!!なんでもないから!お母さんには関係ないよ!」


話しかけてほしくなんてなかった。

心配をされたって、大丈夫だからなんて自分を取り繕う余裕なんて、今の私にはないんだから。


「み、美織…貴女、そんな言い方…」


「いいから放っておいてよ!大丈夫だから!」


もう一度強く言い放つと、お母さんが部屋の前から離れていく気配がした。

もしかしたらショックを受けているのかもしれない。

これまでの私は、お母さんに対して強く当たったことなんてなかった。

なるべく手のかからない、両親にとっていい子を演じてきたのだから。

もしかしたら反抗期が訪れたなんて思われるかもしれないけど、そんなことはどうでも良かった。


「お母さんだって悪いんだ…」


叔母さんのこと、止めなかったんだから。

今の私の荒れ狂う心に比べたら、なんてことのないささやかな反抗に違いない。


「そうだ。皆、皆が…」


皆が悪い。

今の私を取り巻く、全てが悪い。


叔母さん。

家族。

木嶋さん。

グループ。

学校。


全てが全て、全部悪い。

こうなることなんて、私は望んでなんてなかった。

全部周りが勝手にやって、気がついたらこうなっていた。


「だから、コウくんが…!」


一番大切な人に、あんな顔をさせてしまったんだ。

私は望んでなんてなかったのに、周りが全部勝手に…!


「このぉっ!」


怒りのまま、私はまだ机の上に残っていたものを適当に掴み、そのまま床に叩きつけようと―――



―――ほんとにそうなの?



どこからか、声が聞こえた。

途端、世界が色あせていく。

全てがスローモーションのように、景色がゆっくりと流れていく。



え?



―――変わることを、本当は貴女は望んでいたんじゃないの?



そんなこと、ない



―――ウソ



嘘じゃ、ない



―――地味な自分が嫌だったんでしょう?だから変わりたかったんでしょ?



それ、は



―――そう。変わりたかった。変わることで、あの人に、自分をもっと好きになって欲しかった。一緒にいたいと思った。そうでしょ?



…………



そうかも、しれない



―――うん、そうだったんだ。私はそう思ってた。だけど、それはただの建前だよね?



え……?



―――そう、建前。本当は違うんだよね?本当は、自分が可愛くなりたかっただけ。ちやほやされるのだって、まんざらでもなかったじゃない。



それはちがう



―――可愛いって持ち上げてられるのなんて、初めてだったじゃない。誘われたって、適当に用事があるっていって逃げればよかったんだ。なのにそうしなかった。本当は嬉しかったんだよ。コウくん以外の人から褒めれることが、ね



ちがう



―――今こうして八つ当たりしてるのだって、ホントはそんな自分のことを認めたくないからだよね?なんでこうなったのか、ホントはわかってるくせに



ちがう!!!



―――違わないよ



ちがう!!!私はただコウくんが、コウくんに…!



―――あら、じゃあ貴女が手に持ってるそれはなに?



……え






―――貴女はいったい、なにを壊そうとしているの?






ガシャンッ!




割れる音。砕ける音。

壊れる音が、部屋に響く。


「あ…」


世界に色が戻ってくる。

鮮やかなカラーが取り戻される。


「ああ…」


床を見る。

コンタクトレンズを通して見るそれは、私の網膜に焼き付くように刻まれる。


「あああ…」


砕けていた。

バラバラに、めちゃくちゃに壊れた。

ガラスの破片が散乱し、中のものまで飛び出している。


「ああああ…」


それは写真立てだったもの。

誕生日に彼からもらったプレゼントだったもの。

楽しそうに笑顔を浮かべる、私とコウくんが写っていた。

それを一度眺めてから眠りにつくのが、私にとっての日常だった。

それを私は、自分の手で壊してしまった。


「ああああああああああああああ!!!!!!!」


そうだ。

本当はわかってた。


コウくんとの関係。それを壊したのは、結局自分自身にほかならないんだってことは、わかってたんだ。

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