第26話
「ご、ごめんコウくん!すぐに直すからぁっ!」
ここにいない彼へと謝りながら、私は咄嗟にしゃがみ、足元に散らばった破片をかき集めていた。
「なんで、なんで私…」
ブラウンの木材でできていた写真立ては飾り気のないシンプルなものだったけど、それでも私にとってとてもお気に入りで、大切なものだった。
だけど今はどうだろう。
スタンド部分は根っこの部分から折れていて、真っ二つ。
写真を入れていた枠のガラス部分は粉々になって見る影もない。
僅かに残った透明な部分もひび割れている。
もう見る影もないほどボロボロで、原型をまるでとどめてない。
なにより、写真には割れたときに破片によるいくつもの傷がついており、すっかりズタズタになっていた。
「なんでぇ…!」
壊れてた。
どうしようもないほど壊れていた。
もう絶対に直せない。小さな子供だって間違いなくそう思うほど、大切だった思い出の写真立ては、完全に壊れきっていた。
「そんなはずない…!」
それでも私は手を止めない。
散らばったガラス片を見つけては、ひとつの場所にまとめていく。
―――なんでそんな無駄なことをしているの?
「うるさい…!」
直すんだ。
絶対、絶対に直すんだ。
直るんだ、絶対。
「直らないわけがないんだ…!」
そうだ。
絶対に直る。
直そうとしてるんだもん。直らないはずがないんだよ。
なにかに背中を押されてるみたいに、私は必死にそう願う。
目を配り、見つけた一際大きなガラス片へと手を伸ばして―――
「っつ!」
瞬間、鋭い痛みが私を襲った。
次にくるのは指先に走るじくじくした感覚。
熱いなにかが、人差し指からポタポタと垂れ落ちていく。
「指、切っちゃった…」
当たり前といえば当たり前のことだ。
素手で鋭い破片を扱ってたら、こうなるのは仕方ない――
―――そう、仕方ないことなんだよ。壊れたことに気付いたら誰だって傷つくの。それはきっと、コウくんもそうだったんだろうね
また聞こえる。
耳元で囁くような声。クスクスと笑う声。
さっきからずっと聞こえてくる声が、また私に囁き始めた。
「うるさいよ、さっきから…なんなの!」
部屋を見回すけど、誰もいなかった。
当然だ。だってここは私の部屋で、ここにいるのは私以外誰も――
―――そう、私しかいないよね
「っつ!」
今度はよりハッキリと聞こえた。
誰の声かわかるくらいにハッキリと。
―――貴女が悪いんだよ、美織。全部が全部、貴女が悪いの
とてもとても、聞き覚えのある声だった。
「なに…なんなの…」
―――貴女が全部壊したの。もう戻らないの
「やめて、やめてよ…」
咄嗟に耳を塞ぐけど、それでも声は止んでくれない。
―――コウくんだって、もう
「やめてってばぁっ!」
たまらずそう叫ぶと、やっと声は止まってくれた。
―――ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど。
ちっとも悪いと思ってないことがまるわかりの声。
その声は、やっぱり聞き覚えがある。ううん、ずっと聞いてきたような声。
―――辛くなったら、いつでも変わってあげるからね
最後に一言だけ、その声は残してゆっくりと消えていった。
―――『私』
それは確かに、『私』の声そのものだった。
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