第65話
迎えた土曜日。時刻は10時。
朝と昼の中間という、なにかをするには微妙だけど、指し合わせたように多くの店舗が開店していく時間に、電車は駅へと着いていた。
正確には少し時間はズレているけど、こればかりはしょうがない。
都会では数分単位で電車が来るらしいけど、こっちは30分から一時間のうちに来ればいいほうなのだ。
そんな言い訳じみたことを考えながら、駅から出た僕は、待ち合わせの場所へと向かうことにした。
「本当に、ここらへんはなにもないよなぁ」
思わずそうごちてしまうのは、言葉通りの事実だからだ。
こういう休日の待ち合わせは、ラノベやアニメなんかじゃ駅前でが基本だけど、そこには朝から多くの人がいて賑わい、待ち合わせに少し遅れた主人公が、ヒロインがナンパされている姿を見かけたり、あるいは普段とは違うおめかししているヒロインを見て、つい見とれてしまう…なんていうのが、よくあるように思う。
だけどそれは、物語の舞台が都会だからこそ成り立つ話だ。
東北の片田舎の地方都市。ベッドタウンでもなんでもなく、そこで生まれた人がそこで育ち、そのまま就職なりなんなりして地元に残る、ただそれだけのなんの発展性もない土地では、人がごった返すなんて無縁である。
現に駅から出ても、人っ子ひとり見当たらない。
休日の駅前は物寂しく、ロータリーに老朽化したバスが停車していて、病院行きのそれに片手で数えられる程度のお年寄りが座っているくらいだ。
車社会だから道路には車が数台行き交っているけど、目に見えるほど大きな建物も、人目を集めるデパートなんてものも存在しない。
視界に入るお店など、飲み屋とコンビニくらいのものだろう。休むための喫茶店すらない。
あったとしても個人運営で寂れたテナントに入っているから、学生ではどうにも入りにくい。待ち合わせ場所に指定するにはハードルが高く、簡単に寄り付ける場所でもなかった。
気軽さとは無縁の、入るだけで不安が勝る息苦しさがあるのは良くないと思うけど、それを言ってもどうにかなるものでもないだろう。
少し先にある商店街もほぼほぼシャッター街と化しており、飲み屋が立ち並ぶ程度でこれまた学生の寄り付く場所ではない。
要にするに、なにもないのだ。
僕の住む街は、閉塞感で満ちている。先もなく、ただ緩やかに死んでいくんだろうなと分かる程度には、この街には刺激というものが存在しなかった。
クラスでも大学進学したら都会に行きたいと話題になってたりするが、それも納得だ。
テレビじゃ地方がどうのこうのと言ってたりするけど、車がないと身動きできず、どこにも行けないこの世界に留まりたいと思う人は、決して多くはないだろう。
そんなことを、歩きながらふと思う。
「でも、そこまで僕は嫌いじゃないんだよな」
こうして独り言を呟いていても、誰にも聞かれない。
歩いていても、誰ともすれ違うことはない。
気を遣うこともなく、ひとりでいることの出来る朝の歩行は、僕としてはむしろ好ましいくらいだ。
こんなところは嫌だという人がいるのも納得するし、つまらないというのもよく分かる。
でも、人付き合いをあまり好まない僕のような人間にとっては、この閉じていく世界は悪いものではなかった。
勿論良くもないけれど、ここに留まることにそこまで抵抗もない程度には、嫌いではなかったのだ。
そんなことを考えながら10分ほど歩いていると、ようやく目的の場所に着く。
そこはこの街では珍しく、最近開店したばかりの、全国展開している喫茶店のチェーン店だ。
店舗の外観も真新しく、食事を取るには中途半端な時間だというのに、駐車場には車もそこそこ停車している。
皆、新しいものに飢えているかななんて思いつつ、店に入る前にスマホを取り出し、メッセージを送ることにした。
着いたことを連絡すると、僅かな間を置き、返事が画面に浮かび出る。
どうやら、彼女はもう中にいるらしい。お店の中へと入り、店員さんとしばしやり取りした後、僕は彼女の座る席へと通される。
まぁ当然といえばそうなんだけど、やはり彼女はそこにいた。
「ごめん、待たせたかな」
そう声をかけると、彼女はピクリと体を動かして、ゆっくりとこちらを見上げる。
机にはスマホが置かれていたけど、今は両手で一冊の本を広げており、どうやら読んでいた途中だったらしい。僕に返事をした後、すぐに読書に戻ったようだ。
「いえ。特には…あの、すみません。続きが気になったもので…」
手に持っていた本に顔を埋めると、上目遣いで僕を見上げる赤西さん。
僅かに見える頬が赤いのは、恥ずかしさを隠すつもりなんだろう。
本当に本が好きなんだなと、僕は内心苦笑した。
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