第60話

「二週間ぶりくらいかな、こうして面と向かって話すのは。元気にしてた?」


 どの口が言ってるんだ。

 喉から出かかった言葉を、僕は奥へと押し込んだ。

 そして強引に、代わりの言葉を引っ張り出す。


「…気付いてたんだ」


「それは勿論。私が紅夜くんに気付かないなんて有り得ないよ、絶対にね」


 何故か美織はドヤ顔で胸を張っていた。

 当然のことだとでも言いたそうだ。

 こっちとしては全くもって嬉しくないし、気付かずスルーして欲しかったんだけど。

 そんな気持ちがつい表に出てしまったのか、僕の言葉は自然とトゲのあるものになってしまう。


「…それって、話に集中していなかったっていうことじゃない?あんなに友達がいて、楽しそうに話していたのにさ」


 内心はともかく、僕が皮肉を口にすることなど滅多にないのだが、今の美織に対しては別だ。

 以前の美織ならともかく、この美織が僕の話をまともに聞くとは思えない。

 言外に、僕のことなんていいからさっさとグループに戻ってくれと言いたかったのだが、


「ん?そうだよ。だって、あの子達に興味なんてないもん。意識割くだけ無駄って感じ」


 あっけらかんと、美織はそんなことをのたまった。


「は?」


「別にさー。あんな話どうでもいいんだよね。ただの暇つぶしだよ。惚れた腫れた浮気されたーなんて、その子の男を見る目がなかったってだけの話じゃん。彼氏がひどいって話題で同情しているフリをして、その実そんな男と付き合い続けてる友達のことを馬鹿にしてるの。あの子すごい馬鹿だよねって。そんなの、面白いって思う?」


 あんな話に付き合い続けたら、性格すごく悪くなりそうで嫌なんだよねー、なんて付け加えながら、美織は大きく伸びをする。


「え、でも。あの子達も友達を心配してたんじゃ…」


「ほんとに心配してるなら、廊下であんな大声で話さないよ。メッセージアプリ使って個別でやり取りするとか、こっそり相談するとか手順を踏む。それをしないってことは、浮気された子は私達にとって格下で、見下していい存在ってこと。だけどそれを気付かれると面倒だから、遠まわしに私達こんなこと知ってますよって、さりげなーく宣伝して自己顕示欲満たしてんの」


「…………うわぁ」


「紅夜くんはぼっちだったし男の子だから、女子のこういう怖いところ、わかってないだけだよ」


 肩をすくめる美織。

 彼女の話を聞いて、僕は素直に引いていた。

 ただ単純に、友人の心配をしていたのだと思っていただけに、そんな裏があったなんて知らなかったし、正直知りたくもなかったところだ。

 どうやら思っていた以上に、人の善性ってやつを、僕は無意識のうちに信じていたのかもしれない。

 ドン引きする僕の表情を見て、美織は満足そうにクスリと小さく笑うと、


「ちなみにこれ、ウソだから。紅夜くんに聞かれたから適当にでっち上げた、私の考えたつくり話だよー」


「はぁっ!?」


 なんだそれ!?

 二転三転する内容に、思わず大声を出してしまう。


「ほら、また信じた。紅夜くんって、ひねくれてるけど案外素直なとこあるよね。自分に関わることはともかく、他人のことは疑わずに、まず素直に信じてくれるっていうかさ」


「ぐっ…」


 返す言葉もない。

 確かに、僕は美織の話す内容を、全て素直に信じてしまった。

 あんなやり取りがあったっていうのに、そもそもこうして話してるのもおかしい。

 気付かないうちに、美織のペースに乗せられている。それがなんだか、すごく悔しい。


「そういうところ、私は好きだよ。君のいいところのひとつだと思う。指摘はしたけど、直して欲しくはないかな。できればそのままでいて欲しいんだけど」


「…絶対直してやる」


「あはは。そう言うと思ったよ。やっぱひねくれてるね。まぁ頑張ってよ。人付き合いをようやく始めたばかりで、早々変わるとは思えないしさ」


 そういうと美織は手をひらひらさせながら、体を反転させて階段の方へと歩き始めた。

 突然の行動に、僕は咄嗟に背中を向けた彼女に尋ねてしまった。


「どこ行くんだよ」


「どこって、木嶋達のところに戻るんだよ。お昼まだだったし。それとも君も一緒に来る?私としては彼氏を紹介出来るし、既成事実を作れて大歓迎なんだけどね」


 誰が彼氏だ。

 そう言いたかったが、この言葉もまた飲み込む。

 これを言ったら、美織の思惑通りな気がしたからだ。

 大体、そのまま無視して行かせたほうが、僕にとっては都合が良かったんだ。

 なのに声をかけてしまったことといい、今の僕は美織に翻弄されていることは確かだった。


「行かない。木嶋だっていい顔しないだろ」


「だろうね。アイツ、紅夜くんのこと嫌ってるし。中学の頃とか、露骨に嫌そうな目で君のことを見てたこともよくあったしね」


 それはそうだろう。

 三学期の頃はほぼ接点が消滅していたとはいえ、僕は美織の元カレだった男だ。

 美織が人気者になる立役者になったアイツからすれば、僕の存在を決して快く思っていないことは確かである。

 高校に進学し、生徒の大部分が入れ替わった現在であっても、早速話題になり始めてる美織の元カレが、同じ学校に通っているという事実は出来る限り伏せておきたいんじゃないだろうか……まぁ、頭の緩い三原が早速口を滑らせているあたり、そこまで強く言い聞かせているわけじゃなさそうだが。

 あるいは僕が高校でもぼっちを貫くだろうから問題ないだろうと踏んでいたのかもしれない。どちらかというと、こっちのほうが可能性は高そうだ。

 僕がそんなことを考えていると、チッっという、小さな音が僕ら以外誰もいない廊下に響いた。


「はぁ…本当にめんどくさいんだよね、アイツ。高校でも早速私に付きまとって神輿にして。自分は美味しいポジションきっちり確保。うざったいなぁアイツ。早くさっさと潰したいなぁ」


「美織…?」


 いきなりなにを言い出すんだろう。

 流れからすると、木嶋のことを言ってるんだよな?


「まぁ、まだしないけど。まだアイツからは学ばないといけないことがある。ある意味私の生みの親だし。お礼に、キッチリ叩き落としてあげないと気が済まない。美織にしたことを後悔させないと、意味がない」


「なに言ってるんだ…?」


「なにって…目標の確認。君と付き合う以外に、この学校でやることの」


「目標…?」


「うん。それはね」


 言いながら、振り返った美織の目を見て、僕はぞっとする。


 ―――復讐


 ただポツリと、なんでもないことのように彼女は言った。

 光をまるで映さない、黒い瞳がそこにあった。

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