第40話

「辻村さんは、地元からそのまま進学なさったんですね」


あれから少し時間が過ぎ、互いに自己紹介を終えた僕と赤西さんは、雑談を交わしつつ、ふたり並んで歩いていた。


「うん。僕以外にもそういう人ばかりだと思うよ。県外への受験とか、こっちじゃする人はあまり多くないんじゃないかなぁ」


場所は翔成高校の廊下。

入学式も終わり、今は各自それぞれの教室に移動している最中である。

体育館から教室へと向かう道のりは、混雑を避けようと出る時間をずらしたというのに、未だ結構な混み合いを見せていた。


「そうなんですね」


「東京はやっぱりそこら辺は違うの?」


これは高校に着いてからずっとそうだ。

到着した僕らを待ち受けていたのは、予想通りクラス名簿が張り出された掲示版の前でごった返す人の群れだった。

その人の多さに半ば辟易しつつ、確認のために掲示版に近づいてみたのだが、早めに自分の名前を見つけることができたのは運が良かったと言えるだろう。


その際赤西さんの名前も見つけたのだが、偶然と言っていいのか、僕らは同じクラスだった。

……美織とはほぼ反対のクラスだったことに関しては、間違いなく幸運だったとは思う。


「どうでしょう。私は友人があまり多くなかったもので…それでも、神奈川の学校等に進学を決めた方は、それなりにいたように思えます」


「へぇ…越境入学かぁ。すごいなぁ」


こっちじゃあまり耳にしない話だ。

スポーツ推薦でも大抵県内ばかりで、県を跨ぐというのは中学でも聞いた覚えがない。


「こちらはそうでもないのですか?」


「はは…無駄に県広いから。通学に時間かかるし電車の本数少ないし、県南住まいでもないと難しいんじゃないかな」


田舎の悲しい事情だけど、こんな話を赤西さんは興味深そうに聞いてくれる。

最初の出会いでもそうだったけど、この人は聞き上手なのかもしれない。

ほぼ初対面に近いはずなのに、緊張することなく、むしろリラックスして話せている自分がいた。


「なるほど。確かに新幹線でもそれなりの時間はかかりましたし、お金もかかりそうですね」


「そういうこと。赤西さんも大変じゃないかな?親の仕事の都合とはいえ、東京からこっちまで転校なんて…」


こうして踏み込んだ質問をする自分にも、僕は内心驚いている。

人と関わりたくないと思ってたのに、なんで僕はこんなことを聞いているんだろう。


「いえ、私は本があればそれで…向こうに住んでた時も、塾と学校以外はあまり外に出ない生活でしたから」


戸惑う僕を他所に、あっさり彼女は答えてくれた。


「本、好きなんだ?そういえばあの時も、たくさん本抱えてたものね」


「……あ、あれはその…」


顔を赤くする赤西さん。

その姿を素直に可愛いと思う反面、重なる面影が確かにある。


(…………そっか)


赤西さんは、美織に似てるんだ。

あの番組に出て変わる以前の、大人しかったあの美織に。


「別にからかってるわけじゃないよ。僕も本、好きなんだ。良かったら、今度オススメの本とかあったら、紹介してくれないかな?」


「え…」


だから多分、こんなに自然に話すことが出来てるんだと思う。

あの頃みたいに。


「ダメかな?」


「い、いえ!全然、大丈夫です!その!」


慌ててテンパる様子も、やっぱり美織に似てる気がした。


(でも、初めて見たって感じしないんだよね、赤西さんのこと)


ふと疑問に思うのが、なんとなく彼女のことをどこかで見た覚えがある自分がいることだ。

でも、どこか思い出せない。

東京に住んでた彼女とは、直接あったことはないはずだ。


「明日にでも持ってきますので!…あ」


考えを巡らせていると、隣を歩いていた赤西さんの足が不意にぴたりと止まる。

なんだろうと見てみると、どうやら目的の場所に着いていたようだ。

1年A組と書かれたプレートが、僕らの頭上に掲げられていた。


「教室、着いたね」


「はい…」


赤西さんの声は先ほどまでとは打って変わって、どこかこおばっているように感じた。


「緊張するよね。こういうの、慣れないや」


新しい学校。

新しい教室。

この先には、いったいなにが待ち受けているんだろう。

未来のことなんて考えたくないし、考えたところで浮かぶのは、ネガティブな想像ばかり。

変化を恐れる僕は、昨日まで今日が訪れることを、ずっと憂鬱に思ってた。


「僕が先に入るよ」


だけど、今は自分から扉に手をかける。

理由はよくわからない。

多分、あの時泣いてる姿を見られた彼女の前で、今度はかっこ悪い姿を見られたくなかったとか、そんなちっちゃい見栄を貼りたかったんじゃないだろうか。


(本当に僕は…)


泣きたくなるほど、小さいな。

そう思いながら教室の中へと足を踏み入れたのだけど


「あ、辻村くんヤッホー!ようやく知り合いきたー!」


僕を出迎えたのは教室中に響くような、馬鹿でかい大声だった。

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