学園のアイドルになった幼馴染を捨てて、幸せになることが許されるんだろうか

くろねこどらごん

プロローグ 中学生編

第1話

編集

「僕達、もう別れよう」




 夕暮れの空き教室。


 二人きりの世界で、僕は告げる。


 短いながらもどうしようもない諦めがそこにあり、吐き出された言葉は我ながら、ひどく弱々しいものだった。




「……どうして?」




 彼女の声は震えていた。


 それを少し意外に思うも、今更なにが変化するわけでもない。


 理由を話して納得してもらえるかはわからないけど、こうするしかなかったのだ。




 あるいはもっと早く話せていたなら―いや、よそう。


 出来なかったことを考えたところで、なんの意味もない。


 そもそも出来るはずがなかったんだ。僕は彼女に、自分の情けない姿を見せることを、ずっと恐れていたのだから。




(…………綺麗になったな、美織)




 本当に、彼女は変わった。


 夕焼けに染まりつつある日の光を浴びて、輝く彼女は綺麗だった。


 本当に綺麗で―だからこそ、僕は別れを選ぶんだ。




「それは…」




 もう僕が知っている君は、どこにもいないから。












 僕には幼馴染がいた。


 美坂美織という、同い年の女の子。


 小さい頃からずっと一緒の時間を過ごしてきた美織とは、とても仲が良かったと今では思う。


 性格もどちらも内向的で、外で遊ぶよりも家で本を読むほうが好きだったし、大勢で騒ぐより、ふたりで静かに会話を交わすほうが、僕らにとっては楽しかった。




 単純に、お互いの相性が良かったんだろう。


 自分を取り繕う必要もなければ、隠す必要だってない関係に、安らぎを感じていた。




 美織と一緒にいると、心が落ち着く自分がいたんだ。


 だから彼女とずっと一緒にいたいと考えるようになったのは、きっと自然なことだったんだと思う。






 幸い、と言っていいんだろうか。


 美織は決して目立つ子ではなかった。


 容姿そのものは整っていたものの、髪型を三つ編みでまとめ、地味な黒縁フレームのメガネで顔の半分近くを覆った普段の彼女は、一言で言うなら地味な子そのもの。


 物静かな性格ではないのに加え、あまり積極的に他人と関わることもないから、美織の声をまともに聞いたこともないクラスメイトもそれなりにいたことだろう。




 孤立したりいじめれられることはないけれど、中心に立つこともスポットライトを浴びることもない。


 よく言えば普通。悪く言えば陰キャであり、華やかなクラスカースト上位の子達とは対極の立ち位置に美織はいた。






 ―――それが僕にとって有難かった。


 美織の優しくはにかむような笑顔も、鈴の音のように透明な綺麗な声も、他の誰も知らないのだ。


 彼女がとても優しい性格をしていることも、本を読んでいるときに気に入った文章を指先でなぞる癖があることも、知っている人は僕以外いない。


 踏み込む人がいないなら、必然彼女のことを一番良く知っている存在は、幼馴染である僕ひとりだ。


 そのことに優越感さえ抱いてしまい、いっそ誇らしくさえある。






 ―――僕だけが美織の魅力に気付いてるんだ。美織のことを知っているのは、僕だけでいい






 それはきっと、子供っぽい独占欲だったんだろう。


 だけど、抱いた想いは限りなく純粋で、手放したくなんてないもので。




 だから美織に告白して、僕の気持ちを受け入れてくれたときは、本当に嬉しかった。




 この幸せがずっと続くと、純粋に信じてた。












 ―――きっかけは些細なことだった。




 僕らが付き合い初めて少し経った頃、美織がクイズ番組に出ると言いだしたのだ。


 なんでも親戚に勝手に応募されたらしく、頭のいい彼女ならいいところまでいくだろうという、なんとも身勝手な理由によるものらしい。




 当然、僕は出ないように美織に忠告した。


 目立つことを嫌う彼女にとって、テレビに出ることなんてストレスに繋がると思ったし、なにより人目に美織を晒すなんて嫌だったからだ。


 美織が自分で応募したわけでもないし、断る言い訳なんて僕にだっていくらでも思いつく。




 だから彼女が首を横に振ったときは、心底驚いたものだ。


 頷いてくれるものとばかり思っていたから、まさか拒否されるものとは思っておらず、ただ動揺するばかりの僕に、美織は困ったように苦笑した。




「いつも私に良くしてくれる人だから、断るのは申し訳ないの。すぐに失格になるだろうし、今回だけだから」




 ……そう言われてしまっては、もう引き下がるしかなかった。


 ああは言っていたけど、美織は優しい子だから、きっと断ることができなかったんだろう。


 そのことは察しがついたけど、これ以上指摘するのは美織を板挟みにするだけだ。


 美織を傷つけることは本位じゃないし、ここで意地を張ったら彼氏として彼女のことを信頼していないことになる。




 そう結論づけ、僕は不精ながらただ一言「頑張って」とだけエールを送った。




 ―――この時の選択に後悔はない。


 自分の性格を省みれば、いくら繰り返すことになったとしても、同じ言葉を彼女に投げかけるだろうから。




「……ありがとう、コウくん」




 少し安心したように、優しく笑ってくれた美織の姿は、今も僕の脳裏に焼き付いている。






 …………そう、選択そのものに後悔はないんだ。


 だけど、それでも。どうしても今でも考えてしまう時がある。




 この時、もっと必死になって止めていたなら、もっと違った未来が僕らにはあったんじゃないかって。

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