第23話

逃げるように喫茶店から出た後も、僕らのデートは続いていた。


 図書館から映画館、さらにはデパートと、普段のデートより慌ただしく色んな場所を巡ったと思う。




 だけど、どれだけ場所を移動したところで、なにかが変わったという気がまるでしなかった。


 むしろ、ますますお互いのズレを痛感するだけに終わってしまったように感じる。


 僕らはあれ以来、ずっとギクシャクしたままで、まともな会話すらままならなかった。




 図書館では美織が好きだったはずのシリーズの新刊が出ていたことを知らなかったし、映画館では好みのジャンルより、話題の最新作に興味を持っていたのがわかってしまった。


 極めつけのデパートでは、遊びに来ていた木嶋達のグループとバッタリ遭遇してしまい、美織が対応している間に僕は完全に空気と化してしまい、なんとも言えない居心地の悪さを味わったものだ。


 楽しそうに美織に話しかけている彼らを見て、あの中に自分も混じりたいと一切思えなかったあたり、自分はつくづく人付き合いに向いていないらしい。




 会話を終えて戻ってきた美織のどんな目で見てしまったのか自分ではわからないけど、心底申し訳なさそうに頭を下げてきた美織の表情からして、決して彼女をねぎらうようなものではなかっただろうことは明らかだ。




 一ヶ月。


 それは短いようで、人が変わるには十分な時間なんだろう。




 今の僕の目に映る美織は、以前とは違う。


 なら美織から見た僕も、きっと違うはずだ。


 陽キャグループに囲まれて華やかな時間を過ごすようになった今の美織からすれば、きっと今の僕はさぞ魅力のない、退屈なやつに見えているに違いない。




 それなのに、美織に謝らせてしまった自分が、僕はすごく情けなかった。


 可愛くなった彼女がいることの優越感なんて端からなく、ただ生まれ変わったような輝きをみせる美織への罪悪感だけがそこにある。




 そうだ、僕と美織はもう対等な関係じゃない。


 ただ劣等感と申し訳なさだけが積り続けるだけの、恋人というにはあまりに歪んだものに変化し始めていたのだ。




 本来なら、話し合って溝を埋め、互いに改善を図るのが正しいんだろう。


 それがきっと普通であり、好きな相手に対しての礼儀なんだと思う。




 だけど、僕は怖かった。


 今の美織が、僕をどう思っているのか。


 それを知るのが怖かったんだ。




 情けない話だけど、僕は美織と正面から向き合うことを恐れていた。


 だからこの一ヶ月、まともに話し合うことを避けてしまった。




 その結果が喫茶店での一幕だ。


 本当に、つくづく笑えない。僕は僕という人間を心の底から軽蔑する。


 人間のクズというのは、きっと僕みたいな人間のことを言うんだろう。




 ……ああ、本当に笑えない。


 こうして自分で自分を罵ることで、心のどこかで安心している自分がいる。


 自分のことをクズだと理解しているなら、まだ人としてマシな部類だと、そう考えてしまう自分がいるんだ。






 こんな僕に、誰かと付き合い続ける価値があるんだろうか。


















「寒いな…」




 デパートを出ると、もう日が落ちかけていた。


 秋の日はつるべ落としとも言うけれど、冬に差し掛かった今の時期はそれが一層顕著に感じられる。


 まだかろうじて18時前ではあるけれど、こうして歩いているだけで吐く息の白さは増していく一方だ。


 空気も冷たく、少し指先もかじかみ始めており、ポケットに入れていても少し寒い。




「ね、ねぇコウくん。次はどこにいこっか?」




 美織が次の行き先を聞いてくるも、行きたいところは特に思いつかない。


 今日のデートを主導しているのは美織で、僕は言われるがままについてきているだけだった。


 強いて言うなら夕食の場所なんだろうが、まだそこまでお腹は空いていない。


 昼間と比べても街を歩く人影もだいぶ少なくなっているし、ここでデートをお開きにして帰宅するのがベストなんじゃないだろうか。


 今から帰る頃にはすっかり暗くなっているだろうし、中学生である僕らが遅くまで出かけてるのは色々と良くないだろう。


 美織のおばさんだって、あまりいい顔はしないはずだ。




「…今日はいつもより色んな場所に行ったね。少し疲れちゃったよ。もう18時になるし、そろそろ…」




「あ、そうだ!私行きたい場所あったんだ!」




 帰りたがる僕の空気を察したのか、美織がそんなことを言ってきた。




「私、メガネ屋さんに行こうと思ってたの!そろそろ新しいのが欲しいなぁって思ってたんだ!」




 ポンと両手を叩き、さも思い出したという風を装ってはいるけれど、本当だろうか。




「ね、いいでしょ?行こうよコウくん、付き合ってよ」




 僕にはそうは見えなかった。


 なんとなく焦っているようにも見える。


 同時に、どこか痛々しさすら覚える彼女の懇願に、僕は―――




「……それは、また今度でいいんじゃないかな」




「っつ……」




「もう、帰ろうよ。美織」




 ただ、ゆっくりと首を振ったんだ。


 これ以上、そんな顔をして欲しくなかったから。

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