第69話

「ありがとうございました」


 店員さんの挨拶を背に受けながら、僕らは店の外に出た。

 入店してから一時間も経っていないため、まだ時計の針は午前中であることを示していたが、空はすっかり青くなっている。

 それでも吹き付ける風はまだ少し冷たかった。

 肌を突き刺すようなものではないけど、纏いつくような冬の寒さがまだ残っている。

 見ると隣を歩く赤西さんは、ストールを肩にかけながら手をこすりあわせていた。

 今の時期だと少し薄着だなとは思ったけど、まだこちらの気候に彼女は慣れていないのかもしれない。


「まだ少し、肌寒いですね」


「こっちは春が来るのが遅いから。夜はもっと寒いし、息が白くなる時もあるんだよね。そこらへんはやっぱり北国って感じなんだろうけど」


「ですね。東京とは、寒さの質が少し違うような気がします」


 都会はコンクリートのすきま風が冷たいと聞くけど、どうなんだろう。

 小説でたまに見かけるフレーズも、想像はできても実感してみないと分からないようなことが多々あるように思う。


 街を行き交う人々。駅前の喧騒。電車に乗ってどこかへお出かけ。

 それは全部、ここには無縁の出来事だ。

 賑やかさもなく、騒がしさもなく、ただ僕ら二人しか歩いている人のいないこの街のことを、彼女はどう思っているのだろうか。

 それがふと知りたくなり、僕は彼女に尋ねていた。


「赤西さんは、ここに来てどう思った?」


「え?」


「この街、なんにもないよね。遊ぶ場所もないし、買い物に行くところも限られてる。高い建物もないし、これといった名物もない。東京に比べたら、ずっとつまらない場所なんじゃないかな」


 言った後、長年住んでる街にいうことじゃないよなと思うも、これらは全て事実だった。

 いいところを挙げろと言われても、少し迷って静かなところだと答えるくらいには、パッと浮かんでこないのだ。

 これも言い換えれば退屈なところだとなるし、褒められる点かといえば微妙なところだ。

 そんな感じで地元の人間でも答えにくいだろう質問に、赤西さんはしばし顎に手を当て考える仕草を見せた後、ゆっくりと頭を振り、


「そんなことはないと思います。静かでいい場所だと思いますよ」


 そう答えた。

 僕はそれを聞いて、「そっか」とつい苦笑いしてしまう。

 僕が考えていたこの街のいいところと彼女の答えの内容が、ピッタリ合致していたからだ。

 ただ、僕の短い返しを、赤西さんはどうやら失言だったと思ってしまったらしい。

 少し不安そうな様子で、僕の顔を見上げてくる。


「すみません。あまりお気に召さない答えだったでしょうか」


「いや、そんなことはないよ。やっぱりそうだよね。うん、そこがいいところかぁ」


 彼女の視線から逃げるように、僕は空を見上げた。

 気分を害したなんてことはない。どちらかというと、むしろ気分が良くなったくらいだ。

 下手に持ち上げられるよりは、こういう素朴な回答のほうがずっと僕の好みだった。

 でも、赤西さんはいい方に受け取ってはくれなかったようで、僕とは逆に俯いてしまい、ボソボソと話しだした。


「…本当のことを言うと、まだこの街のことをよく知らないんです。休みの日はずっと、家にこもって本を読んでますので……」


「あ、そうなんだ」


 やっぱりと付け足しそうになったが、そこはグッと堪えた。

 これまたイメージ通りだった。赤西さんはどう見ても、積極的に外に出るタイプに見えないからだ。


「服も、中学の時に買ったときのものをそのままでして…もっとおめかししたほうがいいとおばあちゃんにも言われたのですが、買いに行く場所も分からずじまいで…」


「あー…それはまぁ、うん…」


 美織も以前似たようなことは言っていた。

 僕は似合っているならそれでいいと思うけど、女の子にとってはそこらへんの事情は切実なのかもしれない。


「本当に、お恥ずかしい限りです…」


「いや、気にしなくてもいいよ。僕は今の赤西さんの服装は可愛いと思うしさ。それに、僕もこの街のいいところをひとつ見つけたよ。誰も歩いていないから、服装にあまり気を遣う必要ないんだなって」


 彼女をフォローしたつもりだったが、何故か赤西さんは顔を赤くしてさらに下を向いてしまった。


「可愛いって、あの…」


「あ、いや、その、そういうつもりじゃ…いや本心なんだけど、その!」


 しまった。失言したのは僕のほうだった。

 これじゃ口説いてるみたいじゃないか。そんなつもり、全然なかったのに。


「だ、大丈夫です。間に受けてはいませんから。私、可愛くないですし…」


「いや、そんなことないって!赤西さんは可愛いから!」


 自虐する赤西さんを咄嗟に否定するも、これまた失言だった。

 僕からの二度目の可愛い発言を受け、赤西さんは目に見えるほど顔を真っ赤に染め上げてしまい、隠すようにストールに顔を突っ込んだ。


「え、あ、あうう…」


「あの、その。だから自信持って欲しいんだけど…えっと…」


 喫茶店での暗かった雰囲気はどこへやら。

 なんだか変な空気になりながら、僕らは足を進めるのだった。








―――――――――――――――


「チッ、死ねよあいつら…」



みおりんの脳が順調に破壊されていく…

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