第5話 もうひとりの家久





 後ろ盾を失った亀寿は、羽をむしられた雛も同然。

 

 ――穢れた血は、ひと思いに粛清せねばならぬ!


 あやつには二度と本家面はさせぬぞ。老いぼれ狸がわしへの面当てに建てよった国分のド田舎に未来永劫に葬り去ってやるのだ。鶴丸城と領国は、ほかならぬこのわしのもの。どこのだれにも指1本も触れさせぬ。天下晴れて宣言してやるのだ。


 暴れ馬のような鼻息を撒き散らす小者の胸の内を、お涼は冷たく観察してやる。


 ――金銀の眩い豪奢な衣装が、まるで似合っておらぬ。深山から引き出した猿に無理やり晴れ着を引っかぶせたがごとし滑稽ぶり、知らぬは本人ばかりなりじゃ。


 短足でせかせか動きまわる家久を徹底的に蔑みながら、お涼は亡き父を想った。


      *


 お涼の父・有川主膳は「島津4兄弟」の末弟・家久に仕官していた。


 如何なる前世の因縁かは知らぬが、たまたま甥と同名(もちろん、こちらのほうが先だが)の家久は、いまを去る14年前、城主を務める南之城(日向佐土原城)で客死を遂げた。即座に側近の父が殉じたとき、ひとり娘のお涼は3歳だった。


 不可解な急死は「病死」と発表された。


 だが、「九州に攻め込んだ秀吉に逸早く降った末弟の抜け駆けを憎む、3人の兄たち(3人とも母は貴久の正室・雪窓夫人)による毒殺説」が当時の巷間を千万の韋駄天のごとくに駆け巡った。暗いうわさに念を押すかのように「島津4兄弟」でただひとり腹違いの家久には、今日もなお、裏ぎり者の烙印が付いて廻っている。


 他殺と断定するだけの根拠は何も残されてはおらぬが、生者に都合のいい口伝の流布は世の常であり、死人が口を開かぬ限り、一件の真相は闇の底の底であろう。


      *


 妾腹の末弟は暗殺されたのか。それとも……。

 いずれにしても、空恐ろしいご一家ではある。

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