第75話 側室のライバル・お鍋ノ方




 

 12月7日(陽暦1月25日)午の刻。

 お涼はふたたび鶴丸城内に潜んでいた。

 案じたほどもなく、茅乃姫は泰然と奥御殿の雰囲気に溶け込んでいる。


 ――何とまあ、お肚の据わった姫君だこと!


 色好みの家久ゆえ、鶴丸城内には7人もの側室が同居していた。

 天下晴れて家康の許諾を得たのだから、堂々としたものである。

 そこへ8人目の新参者として圧倒的最年少の茅乃姫が加わった。

 しかも、早々に身籠った。

 奥御殿が静謐でいられるはずがない。


 だが、人情の機微にいたって疎い家久ゆえ、奈辺への気配りがまったくない。

「茅乃、茅乃は何処におる」

 四六時中、同じ名前ばかり呼び立てる。

 当然、嫉妬が茅乃姫の一身に集中した。


 だが、当の茅乃姫は白い視線などどこ吹く風。

 さすがはお伊都姫さまの愛娘さまだけはある。

 お涼は、茅乃姫のオトコマエに惚れ直した。


 7人の側室は、家臣の姫や、借財を重ねた町人の娘、果ては家久が狩りに出掛けた先で見初め、そのまま連れ帰った百姓娘など、出自も年齢もさまざまだった。

 身体つきや容貌も、太ったのから痩せたの、まあまあなのから、ちょっとアレなのまで7人7色だったが、なかでも、ひときわぐんと目立つのがお鍋ノ方である。


 むろん、奇名好みの織田信長ではあるまいし、鍋が本名であろうはずがない。

 たしかお梅ノ方とか申したようだが、だれもその名で呼ばぬ事情は、うしろ盾の竈局に準じていた。お涼が見たお鍋ノ方の印象はひと口で言えば「小山」である。


 家久より首ひとつ分高い上背に、南瓜のごとき嵩高な顔がごろんと乗っている。

 首はなく、顎からいきなり肩で、2個の桜島大根のごとき乳房が着物に収まりきらぬが、本人はむしろ得意然としておる。眉はおこりの手が描いたかのようなゲジゲジで、目は小豆のように窄んで小さい。代わりに鼻は、どでんと物凄い存在感で、大きな顔の真ん中に鎮座している。


 唇は分厚い。真っ赤な紅で強調しておるので、金魚が泳ぐがごとし。体重は何貫目か見当が尽かぬが、「小山」が廊下を歩くと、よその部屋まで板の軋みが響く。

 出自は種子島で、同島出身の竈局が従姉の姪のまた姪だかを呼び寄せたらしい。


 ――いや、わしには、ちと荷が重すぎ……。


 さすがに渋る家久には、

「殿、女子の値打ちは肉体美にてござ候」

 とか何とか強引に言いくるめたとか。

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