第48話 「語り部の綾奈」の手練手管




 

 今度はお涼が声を高くしてみせる番だった。

「へ? 贋作って偽物のことかえ? 偽物描きを大っぴらに名乗っちまっていいのかい?」

「おんや、女将さん。ずぶの素人だね。生半可な腕に贋作描きは務まらねえのさ」


 ぷいっとそっぽを向いた伽麿の粋ぶりったら!💞


 お涼は、どっきんと脈打つ心ノ臓を意識する。


「なるほどね。本物を描く絵師の、さらに数段上を行く技量でなけりゃあ、本物そっくりの偽物は描けないってぇ寸法だね。まあ、そりゃあそうだろうね、玄人の目も欺けるように巧みに描けなけりゃあ、贋作師は務まらないだろうからねえ」

「やっとわかったかい。ところで、その『贋作の伽麿』に堅気の女将が何用だい」


 問われたお涼は単刀直入に切り出す。

「おまえさん、幽霊は描けるかい?」

「はぁ? だれにものを言ってんだい。見損なってもらっちゃあいけねぇよ。こちとら絵筆一本で食ってる身だぜ。幽霊であれ何であれ、かりにも形ある物で、描けねえものはひとつもねえよ。……おおっと、幽霊にはあるのかな? 形がさあ」


 正直に白黒する伽麿の目を、お涼はここ一番の真剣な表情で見詰める。

「おまえさんの腕を見込んで、ちょいと頼みがあるのさ。佐土原城のお堀に出没する幽霊のうわさを耳にしたことがあるだろう? 満月の丑三つ時に現れる……」

「知ってはいるが、あいにく、おいら、お目にかかったことがねえんでね、幽霊とやらに」


 当意即妙の粋な答えが返って来る。

 機転のよさも、お涼の好みである。

 気をよくしたお涼は、着物が汚れるのを気にしながら上がりがまちに腰を下ろし、

「じつはね、あたしゃ、この目で見て来たんだよ、うわさの幽霊をさぁ。それも、つい先夜。生々しいそれをさぁ、描いてほしいんだよ、おまえさんのこの腕で」

「ちょっくら待ってくんな。それをったって、女将さん。他人さまが見たものをあっしが描くなんざあ、端から無理ってえもんじゃあねえのかい」


 伽麿の言い分は、もっともだ。

 だが、お涼も負けてはいない。


「何を言ってんだよ。いまさっき、一級の腕前と豪語したのはどこのどいつだい。大丈夫だよ、こう見えて、あたしゃね、『語り部の綾奈あやな』の異名をとってるんだ。ちっとばかり自信があるのさ、くっちゃべりにはね」

「そうは言ってもよう……」

 なおも渋る伽麿に、お涼は風呂敷の端をちらとめくって見せる。


「無粋だけど、画料というのかい? お礼ならさぁ、たっぷりと用意してあるよ」

「お、金子かい。それも黄金色ときていやがる。……その話、引き受けてやってもいいぜ。むろん、仔細は聞かねえし、他言もしねえよ。営業秘密ってぇやつだな」


 ――おっし、そう来なくっちゃ。


 お涼は胸の中で勝ちどきを上げた。

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