第49話 幽霊を描く伽麿の肩越しに……




 

 奇妙なふたりの共同作業が始まった。


「大将の幽霊の眉は、勇者らしく厳めしい八の字型で、落ち窪んだ目は洞のように暗い。ずぶ濡れの甲冑の下の肌は、むろん死人色さ。あ、そうそう、足は途中までにしといておくれよ。その下は少しずつぼかしながら、さりげなくお堀の水面に溶け込んで行く方向でっと……。そうそう、なかなかいい感じじゃないか」

 お涼は伽麿の肩越しに細部を指図している。


「供侍たちは全員が跪いている。そうそう、水上1尺ほどの宙にだよ。可哀想に、みんな、男泣きに啜り泣いているのさ。そりゃあそうだよね、なんっつったって、若い身空で家族を置いて殉死だもの。さぞ辛かったろうね、切なかったろうね」

「侍も楽じゃあねえな」

「……ん? あ、そこ。真ん中のお侍、もそっと男前に描けないかねぇ。たとえば、あたしを男にしたような……。いや、まあ、それは、こっちの話だけど……」


 興が乗ってきた証拠に、伽麿の筆遣いはにわかに勢いを増して来た。

 同時に呼吸が速まり、男くさい匂いが、ぷんとお涼の鼻と胸を突く。


 ――ああ、なんともよき匂いじゃ。💖


 お涼はうっとり目を細める。

 これも、くノ一の役得じゃ。


 若い女の息を浴びて、伽麿も満更でもなさそうだ。

 ひしゃげた貧乏長屋に、妙な熱気が籠もり始めた。

 障子の破れ目から、黒猫がひょいと顔を覗かせる。

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