第39話 お涼、按摩に化ける




 

 11月4日(陽暦12月24日)酉の刻。

 猥雑な鶴丸城下は湿った夕景に潤んでいた。


 夕日を背負い、黄土色の鈴懸の法衣を纏った大男が、風神のようにやって来る。

 遠目にも知れる見事な才槌頭さいづちあたまの額に、大日如来の五智(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)の宝冠を示す頭襟ときんを巻いている。


 四角張った肩に、法螺貝と六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)を示す結袈裟ゆいげさを掛け、頑丈そうな腰には危難除けの螺緒と、座布団代わりの引敷ひっしきを下げている。金色の最多角念珠いらたかねんじゅを巻いた手は、赤剛色の錫杖しゃくじょうを握っていた。


 異様な風体がお涼の後れ毛をなぶってすれ違いざま「月影」鋭く短く、吠えた。

 白杖を止めたお涼が「足下」と答えたとき、山伏は薄暮に溶け込んでいた。


 ――関所御免。


 背のおいに斜め書きされた肉厚な字が、一瞬、目の底に残ったような……。

 流した視線をもどしたお涼は辺りをうかがう。

 町屋の情景に、いささかの変化も見られぬ。


 ちろっと上唇を湿らせたお涼は、ふところから小笛を取り出した。


 ――ピィ、ピー、ピィ。ピィ、ピー、ピィ。


 弱く、強く、弱く、また強く、風に乗って遠くまで聞こえるような単調な節。

 さびしげな、儚げな、どこか物憂げな細い音色が、路地裏に流れ込んで行く。


      *


「おーい、按摩さん。ひとつ、頼むよ」

 待っていたように寂れた声が掛かった。


「あい、お待ち。ただいま馳せ参じます」

 お涼は白杖で暗い小路を探って行った。

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