第58話 嫡男・伊集院忠真を狩りに誘き出し……





 

 父の悲報を聞いた嫡男・伊集院忠真いじゅういんただざねは、ただちに仇討ちの兵を挙げた(庄内の乱)が、島津家の内紛を天下取りに利用したい家康の取り成しで和議に応じ、従前通り島津の旧臣に返り咲いた。


 かくて、すべて世は事もなしに見えたのだったが……。


 それから3年後、関ヶ原合戦の翌々年に当たる慶長7年夏。

 家久は再び陰惨な事件を引き起こした。

 忠真とその家臣・平田平馬を狩りにおびき出し、誤射を装い射殺する。


 宿縁とも思われた後発事件の裏には、ある陰謀説が囁かれていた。

 家久の失脚を狙う勢力が、島津久信(義久の孫)の擁立を図った。

 首謀者は伊集院忠真で、平田平馬と父・増宗(義久の家老)も連袂した……。


 黒いうわさを裏付けるように、それからさらに8年後の慶長15年(義久逝去の前年)、家久は「上意討ち」と称して平田増宗を誅殺する。

 複雑に絡み合った憎悪と怨恨は、関係者の相次ぐ死により闇に葬られた。


「お屋形さま(忠真)の胸を射抜いた矢が不運な事故だったなど、絶対にあり得ませぬ。でっち上げに決まっておりましょう。それが証左に、日向でお屋形さまが射殺されたのとほぼ同時刻に、都城で囚われの身となっていた母君と3人の弟君も、相次いで惨殺されたのでございますから。理不尽な扱いにもいっさいの異を唱えられず、粛然と死に赴かれたご母子の最期のおすがた、いまも脳裏から離れませぬ」


 母君の侍女だったという若い女は、土気色の唇を、ぎりっと噛み締めた。


「みなさまのご無念、及ばずながら、このわたしがきっと晴らして差し上げます」


 お涼が太鼓判を押すと、女の亡霊はうれしそうに笑み、すっと影に窄まった。

 不思議なことに、以降のお涼は影のない通行人とひとりもすれ違わなかった。

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