第59話 次姉・お玉姫から書状の訴え




 

 子の刻。

 お涼は国分城の奥の部屋にいた。


 今宵の亀寿ノ方さまは、動きのある波模様の小袖を纏い、膝に1通の書状を載せておられる。お涼の報告を聞いた亀寿ノ方さまは、いつになく物憂げな口調で、

「多方面の働き、まことにご苦労であった。さすがはお涼じゃ。頼りになるのう」

「恐縮に存じます」


 お涼の謙遜にも眉を寄せたままの亀寿ノ方さまは、つと書状を差し出される。

「そなたも読んでみよ」

「よろしいのでございますか?」

 お涼がうやうやしく拝借すると、「玉」の銘記が見えた。


「これは……お姉君のお玉姫さまからのご書状でございますね」

「そうじゃ。姉上はな、お涼。災禍つづきで、頭が変になりそうだと訴えて来られたのじゃ」

「何と! 亀寿ノ方さまばかりか、お玉姫さままでがさようなご苦悶の渦中にあられたとは、ついぞ存じ上げませなんだ」


「何でもな、嫡男の相模守どの(久信)が島津本家の相続を狙ったと、またしてもあらぬ疑いを掛けられたそうじゃ。事実無根の言いがかりに驚いた姉上は、鶴丸城の筆頭家老・伊勢兵部少輔いせひょうぶしょうゆうに、弁解の起請文を送られたそうじゃ」


 先刻、亡霊の若い女から聞いたばかりの一部始終が生々しくよみがえる。


「伊集院父子に纏わる一件も妄想の産物であろう。罪なき人を次々に亡き者にしただけでは足りず、新たな犯人作りまで始めおった。つくづく困ったお人じゃわ」

「ご心痛のほど、お察し申し上げます」


 恭しく同意するお涼のかたわらで、東郷重位も苦々しげな口を添える。

「拙者が『示現流』をご指南申し上げるときは、さすがに酒気を断ってくださるのじゃが、ご相続が絡むと鬼に変じられる。国主として人として剣術を学ぶひとりとしてまことに無念でござる。やはり、鉄槌をお下ししないわけには参りませぬな」

 

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