第62話 つぎの逢引の約束のおねだり
ややあって。
「のう、茅乃。今度はいつ逢うてくれるのじゃ」
「さて……」
「連れないことを申すな。わしの気持ちはわかっておろうが」
「ふん」
答える茅乃姫の言辞は、あくまでも必要最小限である。
「いかな国主とて、家臣の手前もあって、そうそう好き勝手にはできぬのじゃぞ。多忙な仕置きの合間を縫ってそなたと忍び逢わねばならぬのじゃから、できれば、わしの都合に合わせてくれるとありがたいのじゃが……」
「でも、母上が何と仰せになるか……」
身に大いに覚えのお伊都姫の名前を出されると、家久はいたって弱いらしい。
にわかに慌てふためく様子に、天井裏のお涼は思わず噴き出しそうになった。
「いやいや、わしらの件で、わざわざお伊都どのを煩わせるほどもあるまい。どうじゃな、この際、次の逢瀬の日取りぐらい、そなた、ひとりで決められぬのか?」
「無理にござります」
茅乃姫は毅然と答える。
嫌われたくない家久も、それ以上の無理押しはできぬ。
落胆を隠し、自らを取り成すように言い繕ってみせる。
「……まあ、よいわ。茅乃は、まだまだ、おぼこゆえ。な、そうであろう?」
「あ、はい」茅乃姫は澄まして答えている。
立場が逆転した眼下のやり取りが、お涼には可笑しくてならぬ。
天晴れ、松之進の子を身籠った上は、一刻も早く登城すべきところではある。
だが、どこまでもおっとりとしているのは、深窓に生まれた美質であろうか。
――わが手で張り巡らせた蜘蛛の巣に、かように簡単に引っかかってくれるとは天下の国主も形無しではないか。くっくっくっ、恋は盲目とは言うて妙じゃわい。
仕掛け人のお涼はひそかに凱歌を上げた。
眼下の寝物語は、まだまだつづくらしい。
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