第63話 「国分衆」種子島剛正への不審





 

「ところで、そなたも聞きおろう、近頃の不穏なうわさを」

「はぁ?」

「ほれ、領内の随所に幽霊が出没するとかいう、愚にもつかぬ流言飛語よ」

「ああ」

 冷淡過ぎてハラハラする茅乃姫の素気無さが、お涼の耳朶には極めて心地よい。


 ――茅乃姫さま。さすがにオトコマエでいらっしゃいます。


「でな、何故かその因がわしということになっておるようでな。いや、身に覚えのないことなのじゃが、怪しからんことに女どもが騒ぎおってな。いや、わしにも国主としての義理というものがあるゆえ、閨の相手はそなたひとりともゆかぬのだ」

「む……」聡明な茅乃姫は、ここ一番の男女の機微を早くも心得ているらしい。


「お? そなた、妬いておるな。隠さずともよい。そうかそうか妬いてくれるか。よいよい、女子はそうでなくてはならぬ。まことにもって愛い奴じゃなあ」

「で?」茅乃姫は先を急がせる。


「女どもは幽霊を怖がって、わしに心を開かんのじゃ。わしの顔を見ただけで、真っ青になって逃げ出す始末じゃわい」

 鏡の中の茅乃姫は、こくんとしおらしく、切り提髪を頷かせた。


 茅乃姫の殊勝を間近に確認した家久の狂喜乱舞たるや。

「おおおお、わかってくれるか、茅乃はわしの苦しみを分かち合うてくれるのか。そうかそうか。ふむ、そなただけじゃ、わしのことを……愛してくれるのは」


 ――やれやれ。ご苦労なことじゃわい。



      *



 丑の刻。

 国分城にもどったお涼は、亀寿ノ方さまと東郷重位に事の顛末を報告した。

 苦笑しながら聞いていた亀寿ノ方さまは、苦労を労ったあと、口調を改め、

「あのな、ある男の素性を探ってほしいのじゃが……」

 柳の葉のような眉をひそめ、語尾は曖昧にぼかされる。


 乳母日傘育ちで、生来、他人を疑うことを知らぬ亀寿ノ方さまが珍しく気にしておられるのは、「国分衆」のひとり、種子島剛正の動向だった。

 中肉中背のずんぐりむっくりで、説明しようにも、どこといって特徴がない。

 そのくせ、団栗眼を光らせた剛正の不審な挙動には、大いに心当たりがある。

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