第51話 仕置きにとって世情は絶大な脅威



 

 午の刻。

 国分城内の最奥の座敷。

 焚き込めた白檀が閉めきった部屋に無作為の模様を描いている。

 お涼は亀寿ノ方さまと東郷重位に、事の顛末を仔細に報告した。

 男前の若い絵師との色っぽい一件だけは、伏せておいたが……。

 


「よくやってくれた。仕置きにとって世情こそ絶大な脅威であると、父上の門前の小僧で承知しておる。押さえつければ済むというものではないからの、民の心は」

 亀寿ノ方さまの労いに、東郷重位も蟹のようにえらの張った顎を頷かせた。


「ところで、少々気になったが、その伽麿とやらに迷惑はかからぬであろうな」

 ふと案じられた亀寿ノ方さまに、お涼はここぞとばかりに胸を張る。

「然るべく手を打ってございます。即刻、長屋を引き払い、何処ぞの宿場で殿方のお遊び三昧のはず。身寄りのない独り者ゆえ、腰は軽うございましょうから」

「ならよいが……。如何な大義のためとはいえ、罪なき民を犠牲にしてはならぬ。奈辺のこと、しかと心得ておくように。肥前守もよろしく頼むぞ」


 ――乳母おんば日傘育ちらしくない細やかなお心配りは、生来のものか、怒涛のごとき半生のご苦労によって磨かれたものか、または、そのいずれもの成せる技か。


 お涼は惚れ惚れと亀寿ノ方さまを見詰め直す。


「承りましてござる。われら『亀寿組』、奥方さまの御意のままにござりまする」

 浅黒い顔に薄く血を上らせた東郷重位も、すこぶる感激の面持ちの模様。

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