第12話 見捨てられた国分城の財政




 

 それから3か月近くが経過した。

 蛍が舞い、蛙が鳴き交わす季節。


 国主・家久に放擲ほうてきされた亀寿ノ方さまに鶴丸城から就き従って来た「供衆ともしゅう」と、先代の国分城主・義久さま直属の「国分衆」。いわば恃むべき主君を失った者同士に、大きな家族のような結束と睦み合いが芽生えつつあった。


 逆境は、誠実な心を砂鉄のように引き寄せる。

 反対に、順境は増上慢や猜疑心を醸成しがち。


 これだけの家臣団に慕われる亀寿ノ方さまは、決しておひとりではない。

 本当に孤独なのは、心から敬慕する家来をひとりも持たぬ家久のほうだ。

 目障りな奥方さまを追放したいま、やりたい放題の限りを尽くすがいい。

 高きから低きに流れる水のように、物事は自ずから定まる位置に定まる。


 金輪際「お屋形さま」と呼ばぬと決めたお涼は、亀寿ノ方さまのお側近くに仕えながら、ことあるごとに鶴丸城の方角を睨めつけ、思いきり家久を嘲笑してやる。


      *


 かたや。

 幽閉も同様の暮らし向きは、切迫の一途をたどっていた。


 莫大な利権をほしいままにする島津宗家の直系であられながら、亀寿ノ方さまの知行は、娘時代、豊臣の人質として京に留め置かれた、その褒賞としてお父上から授かった1万石のみで、総勢250名にのぼる家臣の賄いにはとうてい足りない。


 それなのに。

 鶴丸城退去当日、追放する妻・亀寿ノ方さまに向かって家久が憎々しく吐き捨てた例の毒舌「よいか、舅どの亡きいま、島津宗家は重物から庭の小石に至るまで、ことごとくがこのわしのものと思い知るがよい。あとで吠え面をかくなよ」を忠実に実行せんとばかりに、いくら困窮を訴えてやっても、いっさいの返答がない。

 夫の、否、それ以前に国主の務めを果たす気など毛頭ないらしい、あの男には。


 他に収入の当てのない国分城の財政は目に見えて窮迫し、季節の衣類や日用品、館の維持管理はもとより、日々の食糧にも事欠く事態に陥るのは明らかだった。

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