第24話 秘密の裏店の美少女たち




 

 低い軒に自分の影を張り付けたお涼は、そのままひたひたと3間ほど進む。

 犬も遠慮するような小路の横に、一瞥では何を商うか判別できぬ店がある。

 つい先ごろ、兄弟子の東郷重位とふたり、出入りの侍を監視していた店だ。


 唐風の派手な趣向を凝らした一枚暖簾の入り口。

 目つきの鋭い男が尖った顎をしゃくってよこす。


 店内へ一歩踏み込んだお涼は、


 ――うわっ、これは堪らぬ。


 思わず袂で鼻を押さえた。


 卜占婆の店とは趣が異なる薄暗い空間に、酸味を帯びた匂いが濃く漂っている。

 脂粉と汗、その他訳のわからぬものが入り混じった、何とも強烈な匂いである。


 ようやく目が慣れて来ると、薄闇にひしめく人影がおぼろに見えて来た。

 虚ろな目をした美少女たちが、しどけなく座ったり伏せたりしている。


 それぞれの夜具のまわりには、煽情的な桃色の蚊帳が張りめぐらされている。

 7段飾りの雛壇を解体して横に並べたような、猥雑な光景が展開されている。


 あまりのことに呆然としていると、薄闇の奥から野太い声が飛んで来た。

「おう、国分の女子衆。遅かったじゃねえか。いい加減待ちくたびれたぜ。まあ、いいや、『合点承知之助。万事おいらにお任せあれ』そう棟梁に伝えてくれい」


 同時に、カン! と堅く鳴ったのは、煙草盆に煙管きせるを打ち付けた音だろう。

 惜しむつもりかそれっきり声を発しないので、一礼したお涼は表へ飛び出した。


 水無月みなづきの太陽は頭上高く照っている。

 一片のとげも含まない微風は、緊張から解き放たれた肌をやさしく慰撫してゆく。

 道端の草花は清らかな讃歌を謳い、梢の鳥も生の喜びを鳴き交わし合っている。

 土埃が舞う道路脇の堰では、小さな背鰭せびれを光らせた目高が群れを成している。


 つい先刻のふたつの暗がりが、同じ街のものとは、とうてい信じられない。

 わたしは白昼夢を見ていたのだろうか……お涼は恐る恐る振り返ってみた。


 卜占婆の魔窟。 

 美少女の巣窟。


 ともに平凡な町屋風景に塗り込められ、その在り処すら定かではなかった。

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