第28話 諧謔好きな亀寿ノ方さま




 

 阿久津での一部始終を聞かれた亀寿ノ方さまの、お茶目な口調に曰く、

「ところで、お涼。手解きしてやるほどの恋の高等技を、どこで修得したのじゃ」

「忍の口伝にござります」

 お涼が澄まして答えると、亀寿ノ方さまは重ねて問うて来る。

「いやいや、口頭による伝授だけでは仔細までは無理であろう。そなた自身がそれなりの殿方の実地の技を授かったに違いない。これ、お涼、たれに習うたのじゃ。白状せよ」

「お言葉ではございますが、忍は勘が研ぎ澄まされておりますゆえ、耳学問だけで十分に体得できるのでございます」


 お涼は手を振って質問の矛先をかわそうとした。

 なれど、亀寿ノ方さまはどうしても承知されぬ。


「そなた、まさか生娘だとでも言い出すのではあるまいな?」

「あっ、そのまさかにござります。恥ずかしながら、俗世間で申すところの耳年増にござりますゆえ」


 ――ふう。お歳のわりに純情な亀寿ノ方さまに嘘を吐くのは、つくづく骨が折れるわい。恋に縛りを設けぬくノ一に、んなわけ、あるはずないんだけどねえ……。


 だが、忍の秘め事の口外は、いかなる場合も厳重な御法度である。

 危険な仕事に情実が絡むと、一瞬の躊躇ためらいが命取りになる世界。

 自身ばかりではない、朋輩の命運まで巻き込む事態になりかねぬ。


 ――くノ一は男にこだわりを持ってはならぬ。忍に生きる女の鉄則じゃぞ。


 タイ捨流剣法の師にして忍の棟梁でもある丸目蔵人師にきつく命じられている。

 姉のようにお慕いする亀寿ノ方さまでも、こればかりは口が裂けても言えぬ。 

 くノ一に貞節は無用と知れば、亀寿ノ方さまは卒倒されるやも知れぬし。(笑)


 ――知らぬが花よ。


 責めても口を割らぬお涼を諦めた亀寿ノ方さまは、すっぱりと口調を改め、

「帰ったばかりで済まぬが、明日、もう一度鶴丸城下に飛んでくれぬか。いつなんどき邪魔が入らぬとも限らぬし、善は急げと申すゆえ、どうにも気が急くのじゃ」

「承知仕りました。ついでに、なゐの被害の様子も見てまいります」


「よしなに頼む。……おお、そうそう。先刻のなゐの話じゃがな、犬の雪丸と猫の斑姫は気の毒じゃったぞ。尻尾を針金のように細くした雪丸はブルブル震えながら粗相してしもうたし、一方の斑姫は、一目散に縁の下に逃げ込んだきり、いまだに出て来よらぬ。まこと、恐怖を口で訴えられぬ動物どもは哀れなものよのう」🐈🐕


 同じく動物好きのお涼も、健気な者たちへの哀憐の涙を誘われずにいられない。

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