第20話 やっぱり家久に狙われたお伊都姫
亀寿ノ方さまのご長姉の長男、つまりは甥に当たられる忠清さまは、肥後宇土に抑留されているときに
酒乱特有の被害妄想癖も手伝い、自身の頭の中で加藤清正の密偵容疑を
かいつまんで言うと、こういうことになる。
邪悪な本心を隠して島津宗家の末娘・亀寿ノ方さまの婿に治まった家久は、舅・義久さまから、島津宗家歴代当主の証しとしての重物をまんまと譲り受けた。
一方、
だが、肝心の出自が正統でない引け目は、出世に伴う劣等感を増幅させるばかりであったことは想像に難くない。そのうえ隠して隠しきれぬ本性の露出により舅・義久の強い不審を買った家久が、枕を高くして眠れる夜はなかったやも知れぬ。
そこへとつぜん降って湧いたのが、義久の直系の孫の帰国話だった。
――せっかく掌中にした島津宗家を、横合いから分捕られてなるものか。
ここは何をどうでっち上げてでも、忠清なる者の帰国を阻止せねばならぬ……。
だが、家久の暗躍にも関わらず、真実は自ずから明らかになり、晴れて加藤清正の密偵容疑の無実が証明された忠清一家は、堂々と薩摩へ帰郷することになった。
あれほど案じていた島津宗家当主奪還の動きは、少なくとも表立っては起こらなかったが、執念深い舅のことゆえ、蔭で何を企んでいるかわかったものではない。
で、次なる一手として、家久は忠清の愛妻をわが物にしようと画策した。
あらかじめ夫の忠清を
手当たり次第に女を漁る城主に、家中は呆れ、疲れ果てていたのだろう、大声で助けを求めてもだれひとり駆けつけてくれなかったが、お伊都姫は激しく抵抗し、かように華奢な身体のどこから? と思われるほどの力で徹底的に拒み通した。
あまりの抵抗ぶりに、ついに音を挙げた家久は、やむなく戦法を変え、
「ならば、側室にならぬか? 側室なら亭主への操もへったくれもあるまい」
もちろん、お伊都姫は敢然と拒否した。
「何を仰せになりまするかっ。わたくしは二夫に
告げるや否や、即座に実行に及ぼうとした。
慌てた家久は、白羽二重の袂をお伊都姫の口に無理やり押し込む。
殺されると思ったお伊都姫は、死にもの狂いで寝間から脱出する。
髪は解けて散らばり、頬は腫れ上がり、歯茎からは出血している。
そんな無惨なすがたで転がり出た廊下で、ばったり遭遇したのが、たったいま、乱暴狼藉を働いたばかりの城主・家久の、ほかならぬ正室の亀寿ノ方さまだった。
とつぜん現れた哀れな女人に仰天した亀寿ノ方さまは、仁王のように目玉をひん剥き、倒れているお伊都姫に小声でひと言ふた言囁くと、唐草模様の小袖の裾を、ぱっと蹴り上げ、瓜坊を奪われた母猪のごとき勢いで夫の寝室に雪崩れ込んだ。
「殿っっっ!!!! 何をなさっておいでじゃっっっ!!!!」
城内中に響き渡る大音声で一喝された家久の狼狽えるまいことか。
悪戯を見つかった幼児のように拗ねた背中を、亀寿ノ方さまは、びしばしと容赦なく打ち据えた。
「あなたという方は、あなたという方は、よくもまあ、恥知らずなことを! 亡き父上がこよなく大切にされていたこの鶴丸城で、かくまでご無体、かつ破廉恥なるお振る舞い。国主としてのご自分を、いったい如何に心得られまするか。えっ?」
だが、ぴしゃぴしゃ打たれながらも家久は三白眼を恨みがましく
――おのれ。みんなの面前で国主を侮辱しおったな。ただで済むと思うなよ。
充血した目が白々しく開き直り、かえって亀寿ノ方さまを脅しつけるありさま。
――まこと、小人とは救い難きものよ。
何の因果か夫と呼ばねばならぬ男を、亀寿ノ方さまは呆然と見下ろされた……。
*
それ以降、亀寿ノ方さまとお伊都姫さまは書状による交流をつづけて来られた。亀寿ノ方さまが国分に幽閉されてからは、文字に符牒を用いるようになっていた。
歳月の経過と共に、忠清・お伊都夫妻の恨みは薄まるどころか、かえって深まる一方である事実はもとより、ひとり娘の茅乃姫が3歳下の弟・弥太郎と共に健やかに成長していることなど喜ばしい状況も、逐一、亀寿ノ方さまに報告されていた。
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