第33話 茅乃姫、めでたく懐妊



 

 元和元年10月11日(1615年12月1日)午の刻。

 国分城の裏庭で、お涼は隠密の使者から1通の書状を受け取った。


 ――亀寿ノ方さまへ。

 

 流麗な崩し字は、紛れもないお伊都姫の筆跡である。

「奥方さま! たったいま、かような書状が……」

 巻物を抱いたお涼は、奥の部屋に駆け込んだ。


「何じゃ、騒々しい」

 文机に向かっていた亀寿ノ方さまは、優雅な所作で振り返る。

 お涼から受け取った書状を、膝の上におもむろに広げてゆく。

 瞬間、清らかな芙蓉のかんばせに破裂せんばかりの喜色が漲った。


「お涼、でかしたぞ! 茅乃どのが目出度く懐妊したそうじゃ」

「まことにござりますか? 本当に、本当に夢が適ったのでございますね?!」

「天晴れな吉報じゃ。そなたの恋の指南から4年余り。待ち侘びた吉報が、ついに舞い込んでくれおったわ。そなたはまさにわが大義の立役者じゃ。かたじけない」


 深々と腰を折った亀寿ノ方さまは、万人を包みこむような慈愛の笑顔を、いまはお涼ひとりだけに向けてくれている。その粛然たる事実がお涼を有頂天にさせる。


「あとは、生まれて来る赤子が男子であってくれることを祈るのみじゃ」

「幸先がよろしゅうございます。ご大義は必ずや大成功に成就されましょう」

 お涼はくノ一の確信を持って答えた。


 障子に枯れた庭木が影を落としている。

 その絵にお涼は微妙な違和感を感じた。

 すっと障子を開けたが、だれもおらぬ。

 なれど、人の気配が色濃く残っている。


 ――種子島矢八郎!


 くノ一の勘が、ふたたび囁いていた。

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